ELEX 日本語化: 一周攻略を終えての解説と感想 (武器エンチャントは最後まで未使用でした……)

CRPG関連

NPCが立ち小便をするRPG。それがELEXというゲームだ、なんてのはゴシック、RISENからのファンの方は当然分かっていると思うのですが、それでもこのELEXというゲームにはさらなるB級感が漂います。以下は、ELEXの世界観およびシステムの解説になります。できるだけネタバレを避けて書くつもりですが、記事の特性上、0%では無いとも思われますので、ご理解のある方のみ先へお進み下さい。

とその前に、まずは日本語化を作ってくださった訳者様、プレイする機会を与えて下さってありがとうございました。進捗はプレイ時点では90%、くらいだったかと思われますが、所々会話文とクエスト説明が英語になるくらいで、問題なく最後までプレイできました。ありがとうございます。

そういった意味では、このRISEN、ゴシックシリーズは日本語化に非常に恵まれている作品郡でして、(同一の訳者の方、なんですかね?)特に自分はRISENシリーズをすべて日本語でプレイさせて頂きました。引き続きELEXもプレイさせてもらえたことを改めてここに感謝申し上げます。

続けて早速本題に……、と行きたい所なんですが、色々言いたいことがありすぎてどこから書き始めようか、マジで迷います。とは言いましても、まずはやはり、このSFとファンタジーを融合させたような特異な世界観の解説から始めなければいけないんでしょう。

というか、このELEXというゲーム、Piranha Bytes のRPGをプレイしたことがない方からしてみたら、何かとんでもないパクリゲーみたいに見えるんじゃないでしょうかね。実際、タバコのカートンという名のアイテムまであり、ほぼPip_Boyなアジューターというデバイス、初めに村までNPCに連れて行ってもらう過程も含め、フォールアウトやスカイリムへのオマージュとしか思えないようなディテールが目白押しです。
76の惨状から、こちらの星に飛んできた方ももしかしたらいますかね……)

特に、鉄筋の上を走っていくときの効果音など、フォールアウト4や3をプレイしたことのある方は強烈な既視感を覚えると思います。で、そのオマージュぶりからPip_Boyという非常に使いづらいUIまで受け継いでしまっているというね………。

ただ、このゲーム、結論から言うと単なるオマージュ満載のパクリゲームではありません。マーケティング最優先で、スカイリムとフォールアウトを足したようなゲームを意図的に作ったわけでは決して無い。Piranha Bytesがフォールアウトをやった、という分析はあながち間違いではないんですが、それでも、その言い方ではこのゲームの持つ圧倒的な違和感を適切に表現している、とは言い難いです。もうちょっと具体的に言うと、このゲームの世界観は今までありそうでなかった、且つ一見して特異性のわかりにくい、独特のものです。

その辺を、まずフォールアウトとの相違で言いますと、このゲーム、レトロフューチャーではないんですね。フォールアウト自体もレトロフューチャーと言っていいゲームかは分からない所もあるんですが、私がここで言うレトロフューチャーとは、未来を思い描く起点が、現代の時間軸よりも過去においてあることを指します。

(ちょっと話が逸れますが)、他方でフォールアウトの特殊性というのは、ただ製作年が古いから当時の最先端であった「未来」のイメージがレトロ、になってしまったというわけではない所ですね。

初めから現代よりも数十年近く過去に遡及した「現代」の崩壊とそこからの未来を描くことで、過去の戦争体験と文明の崩壊した未来、という2つの世界イメージを「戦後」の継続として追体験することを可能にしたのが、たとえばフォールアウト3だと思われるのですが、そこでも、扱われている過去の文明の残骸や未来的な武器や銃のイメージは、やはり「レトロ」という範疇に敢えて収められていたはずです。(フォールアウト4などは何故かそこにボストン特有の独立戦争時のイメージを導入したわけですが、それはまた別の話。)

ところが、このELEXというゲームでは、むしろ文明の崩壊の起点は、「現代」なんですね。勿論、我々の住む「現代」自体、複数の時代の遺物を含むわけで、建物のディテールなどは様々であったりしますが、その廃墟や鉄筋の中に、フォールアウト3に在ったような過去の時代設定の追体験、というテーマはない。むしろ、今現在の我々の世界、が過去に崩壊した、と言い切っていいくらいの残骸ではあると思います。

ではそこに、過去にRISENで描かれたような一般的な中世的RPGが持つ世界観は、如何にして接合されているのか。ここにELEXというゲームの持つ一つの本質があります。

この点については、既にELEXをプレイした方にとっては自明だと思われますが、未プレイの方のために書いておきますと、マガラン、という惑星に住む諸勢力が、それぞれ信条を持っているんですね。

で、その信条に沿って、現代に残された遺物と、未来からやってきた(ように見える)異物を、意図的に制限して使用することで場合によっては先祖返りしたように見える区画化された幾つかの地域を作り出しています。

この、世界設定の再選択、という点こそが、まさにELEX全体の一見結合不可能に見える様々な要素の接合を可能にしているわけであり、グラフィックス上からプレイヤーが初めに受けるはずの強烈な違和感は、むしろプレイを進めていくに従って各地域の住人の選択の結果なのだと、極めて受け入れやすいものとして印象を刷新されていくこととなります。

その最たる例が、まず初めに訪れることになるバーサーカーという名の勢力の動向です。彼らは、惑星に隕石が衝突したときから顕れたELEX(エレックス、イーレックス)という名の異物を、ある過程を経てマナに変換することで、星に正常な自然環境を作り出せると信じているのですが、その副産物として、獲得したマナを使用し、魔法を使います。プレイヤーは、彼らから与えられた鎧を着込んで、この勢力に所属してモンスターを倒したり、地域のクエスト受注をしている間は、現代、もしくは未来の設定に一人だけ紛れ込んでしまった、RISENの主人公みたいな感覚を味わうことになると思います。

他方、彼らの東の砂漠には、アウトローという集団があります。もしも、初めに訪れることになる地域がこのアウトローたちの住む「フォート」だったとしたら、十中八九、ほとんどのプレイヤーがこのゲームのことをフォールアウトのパクリゲーだと思ったでしょう(笑)。というか、レイダーの集団ですね。この集団は、従来のFPSやTPSに近い、崩壊する前の現代に残されていたテクノロジーを何の制約もなく使っています。では、前述したELEXをどのように使っているかと言うと、多くの場合、エレクジット、という通貨の代わりとして使用されています。この領域を通過している間は、本当にまんまフォールアウト、というか、砂漠であることも加味すればNVの舞台を踏破しているような感覚を、
プレイヤー、及び主人公は味わうこととなるでしょう。

もう一つ、この地域のさらに北には、イグナドンという場所に、クレリックと呼ばれる集団があります。この集団は、近未来的なテクノロジーを信奉しており、直接的な言及は少ないのですが、どうやらELEXを彼らの使う戦闘ロボットや機械群の動力源として利用しているようです。(この辺りはあまりクエストをこなしていないので曖昧、すいません)。まあ、ただそこに、クレリック、という呼び名を与えている事自体、批評的ではありますよね。RISENシリーズのインクイジターのイメージを呼び起こして頂ければ、そこに近未来的イメージの付け足されたシュールさ、などは想像しやすいかと思います。

と、ざっくり諸勢力の解説をしてみたんですが、各々の勢力は、現代に残されたテクノロジーとどう向き合うか、というテーマと同様に、ELEXという隕石が落ちてから発掘されるようになる物質をどう捉えるか、というテーマを抱えているんですね。

これがまさに、表題でもあり、ストーリーのほとんど全てでもあります。当然ながら、ここではこれ以上解説しません。ただ、指摘して置かなければならないのは、このELEXという物質は、ゲーム内設定の中で通貨でもあり、動力源でもあり、また自然を再活性化させる資源でもあり、主人公が物語冒頭まで所属していたアルブという組織の中では人類を「進化」させる遺伝子操作の秘技をも可能性として含むものとして、広範な定義付けがなされていることです。

まあ、繰り返しになりますが、ネタバレはしたくないんでこの辺はご自分でお確かめ下さい、と言った感じなんですが、拡大解釈すれば、欲望とか死の欲動とか機械とか、フロイトやドゥルーズに結びつけて考えることも可能っちゃ可能でしょう。ただ、その辺の考察は流石に話が逸れ過ぎますので、ひとまず世界観の解説はこの辺りまでにしたいと思います。

さて、というわけですので、ここからは少し話を切り替えて、RISENからのユーザーの方や他ゲーから興味を持った方用に、システム面の解説を幾つかしていきたいと思います。で、真っ先に劣化したものとして挙げなければならないのは、UIですね。

何故この箇所までフォールアウトのオマージュをしなければならなかったのか謎なんですが、まあRISEN1はモロウウインドっぽかったですからね(笑)、あのアイテムが一つ一つアイコンになってる感じが理想だったと思うんですが、世界設定に合わせて、なのか、CS機に合わせてなのか、コントローラ前提のUIはPCユーザーにとっては使いづらいものです。

他方で、ある種の原点回帰、に当たる部分として、一枚絵のMAPがあります。ここは素直に嬉しい部分ですね。前作に当たるRISEN2と3では、MAPが各島ごとに細分化されていましたから、クエスト進行も各島ごとに区切られてしまって、物語の大きな展開を感じることが難しかった印象がある。その点を、RISEN1に見られた一つのMAPに戻すことで、本当の意味でのオープンワールド、クエストの来訪予定箇所が全地域にまたがる可能性のある、大きな話の移り変わりを展開させることに成功しています。そしてまた、この一枚MAPがPiranha Bytes の作るRPGの大きな特徴でもある、「諸勢力間の抗争」というシステム上の醍醐味を演出するのに一役買っていると思います。

この点は重要なことなんでもう少し述べますと、Piranha Bytes の作るRPGではNPCの移動する範囲が非常に広いんですね。「ちょっと狩りに行くから、ついてこい」的なクエストも多くて、また、拠点解放クエスト、のような、特定の地域の支配勢力自体が移り変わる事件も起こりうる。前述したように、その辺りの仕様がRISEN2や3では抑えられていたんですが、ELEXでは完全復活していると云えます。

また、その仕様の復活で何が起こるかと言うと、相対的に敵モンスターの強いオープンワールドの中で、不慮の事故(意図的に起こすことも可能)、がそこかしこで頻発する可能性がある、ということです。つまり、不死属性のついていないNPCの生命が、常に死と隣り合わせであるわけで、この辺りの仕様がシングルプレイのRPGにとってのサバイバル感覚を出すために一役買っています。ですから、プレイヤーの俯瞰するMAPのそれぞれの場所が、単なるクエストの中継地点としてではなく、NPC同士やモンスター同士が常に戦いを始める可能性のある、交渉の接点、交戦の開始地点として息づいているのです。

勿論、そこにプレイヤーのレベル依存でない、予め決められたレベルドリストの存在、がさらに帰依していることは言うまでもないでしょう。この点につきましては、もし機会があれば他ゲーの高難易度MODである
スカイリムにとってのレクイエムや
フォールアウト4にとってのホライゾン、
オブリビオンにとってのOOOなどとも絡めて論じられればいいな、とは思っておりますが、ここではELEXに話を戻しまして、改めてこのサバイバル感覚、と諸勢力のアラインメントの関係に話を移していきたいと思います。

システム、の話からまた世界観の話に戻ってしまうかも知れないのですが、その点はすいません。ただ私がここでどうしても申し上げたいのは、このゲームの「カオティックさ」についてです。

バルダーズゲート、などのD&D系のゲームに見られるアラインメントの特性をこのELEXの諸勢力に無理やり当てはめるとすると、
バーサーカーはニュートラル、
アウトローはカオティック、
クレリックはローフル、
そしてドームシティではそれらの諸勢力の混淆の様相、が散見できると思われるのですが、ここで私が言及したいのはそうしたストーリー上のNPC群の信条や思想のことではなく、一般的に彼らが主人公に対して取ろうとする態度のことです。

このゲームは、とにかくプレイヤーキャラクタの初めの扱われ方が酷いんですね。まあクエストが進むにつれ徐々に改善されていくとは言え、お使いを命じられた挙げ句、感謝すらされない、むしろ上手いことハメられて泥棒に仕立て上げられるなんてことまである。そこら辺も全て交渉次第で、ゲーム全体がカオティックな状況に染め上げられている、と言っても過言ではないくらいです。であればこそ、逆にこちら側も他の一般的なRPGでは敬遠してしまいがちな、いわゆる「悪人プレイ」を採用することに抵抗を感じない。というより、そうした善とか悪、と云った価値判断が麻痺した世界とでもいいましょうか。

何が言いたいかと言うと、そうした悪人プレイの幅も含め、このゲームが初めから採用しているカオティックな世界、プレイヤーキャラクタに対するNPC側の粗雑な態度は、カオスという言葉の本来の意味での複雑性、RPGのシステム上の話に翻してみると、「自由度」の概念を構築するのに一役買っているということです。

この点において、Piranha Bytes の作るゲームは群を抜いている。相手方が常に冒険者をありがたがる村人的でない、まあリアルの世間一般の我々自身も含めた大衆的な態度を取ってくるからこそ、どうにかしてこいつらの一枚上を行きたい、というか、相手を出し抜いてやるためにあらゆる手段を講じる、という工夫が必然的にプレイスタイルとして要請されます。

で、こういった「プレイヤーの側が社会の末端に立たされる」感覚は、近年のRPGでは急速に失われつつある要素だと、個人的には思っているんですね。まあ、ただそれは半ば致し方のないことで、リアルのストレスを発散したくてゲームをしているのに、ゲームの中でもリアルと同様の立ち回りを要求されるのでは逆にストレスが溜まって仕方ありませんからね(笑)。

私のように、「むしろこれこそがリアリズムなんだ!」などと嘯いてELEXの難易度ウルトラ設定をありがたがる人間の方が珍しいというものです。とは言え、そうしてナンバリングを重ねていくごとに薄められてしまっていくゲームの多い中で、こうしてゴシック、RISENからの変らぬゲームバランスを保っていてくれていることはやはりファンとして嬉しくもあります。

前述したように他ゲーではMODありき、な所はあるんですが、単純な難易度の問題としてではなく、この「末端から少しずつ駆け上がっていく感覚」を世界観の上でも保持しているのは、今やこのPiranha Bytes の作るゲームのみ、と言っても過言ではないかも知れません。

ジェットパックというオープンワールドを旅する上で画期的な仕様を手にした本作は、それでもやはり、どこへでも行ける、という自由度と、どこででも死にうるというサバイバル感覚を絶妙なバランスで両立させています。ゲーム終了、という文字とともに我々が見るのは、段差を無視して冒険できる超絶的な効率の良さの代わりに、敵モンスターの強さと配置に応じた移動経路の断面であるでしょう。

クエスト報酬の経験値の方が戦闘で得られるそれよりも多い仕様と相まって、高難易度であればあるほど、プレイヤーはできるだけ敵を避けながら(もしくは敵と敵同士を鉢合わせさせるように立ち回りながら)、お使いクエストをこなしていくことになります。その退屈な過程、延々とマップの上を歩き回る過程で自分自身の「カオティックな」地図を作っていくことこそが、このゲームの醍醐味ではないでしょうか。

最後になりますが、ELEXはRISENと同様にグラフィックスのとても美しいゲームでもあります。自分的には、RISEN3の海面の表現などはPCゲーム史上最も美しいグラフィックス効果の一つだと思っているのですが、他のゲームがMODで再現するような画面効果を、予め全て備えているような所がこのPiranha Bytes の作るゲームにはあります。

ELEXに関しては、特に光源処理でしょう。少し過剰ではないか、と思われるほどの光の質感は、屋外から屋内に入ったときに特に顕著に感じられるでしょう。実際にプレイした方にはお分かりの通り、ロドプシンが網膜の中に広がるように、じわじわと室内の景観が暗闇の内から再現されていくのです。

こういったところのこだわりが、地味に凄い、ゲームだと個人的に思っています。一方で、NPCの女性キャラクタの顔が(コンパニオンに至るまで)ほぼいっしょ、という適当さもある。これなんかはマジでほぼギャグのレベルなんですが、そういった両極端のこだわりと粗雑さを許容できる方は、2019年、この機会に最もソリッドでハードコア、且つシュールな笑い満載のELEXをプレイされてみてはいかがでしょうか。

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