VR1118年生まれ 女性
エッシャー・ルコレッティは、ディレリアのクレイオン出身の女性である。一般には、「手の平の盗人」ギルドの首領としてその名を知られる。
来歴
彼女の現在までの生涯を語る際に、全く別の、スレッド出身の男の名を出さなければならないのは、ディレリア半島の出身者であれば誰でも知っている。
その男の名は、ハンス・レインホールド、という。ライブレートにある士官学校を首席で卒業し、VR1137年からディレリアのエスクケイルへスレッドの軍法顧問として派遣されてきたその男の詳細な経歴は別に譲るとして、重要なのは彼が、「指紋鉱石」という戸籍管理のための登録の仕組みを、法改正の過程でディレリアにある諸都市の住民にも適用しようとしたことである。
渦を巻いていたり、蹄の形をしていたり、一人一人模様の異なる指紋をインクの溜め込まれた壺に差し込み、各都市の役所に保存される帳簿に名前とともに保存する。さらに、特にスレッドから広がったこの仕組みは、登録された個人の「功績」に応じた「鉱石」にそれぞれの模様を描き込み、同語反復のように自身で所持させ続けることで全体を完成する。
ここまでを一括してデジタル・フィンガープリント、と呼ぶのだが、この、自分自身を自分自身の所持する鉱石の上に投影するような構造を、ディレリアの住民たちは初め頑なに拒否したのだった。
というのも、スレッドの風習通り右手の指の紋を鉱石に彫るその施術代として、エスクケイルの投声庁は、一律で各都市の住民に税金をかけようとしたからである。この試みには、スレッドの一般的な風習とは異なる隠された悪意がある。分権的な、スレッド諸邦の戸籍管理、税管理とは別の、より中央集権的な、収奪の仕組みをディレリアの議会とザン教が結託して形作ろうとしていることは、ディレリアの各都市を実質的に支配しているギルド関係者にとってはあまりにも明白だったのだ。
ただ、ハンス・レインホールドによって主導されたこの人民登録の試みは、思わぬ所からの外的な影響によって頓挫してしまう。
その破綻のきっかけは、VR1142年のイス帝国の皇帝暗殺事件であり、数カ月後、混乱に乗じたミラジ教徒の集団によって陥落させられた帝都サンギュリエである。この過程で、スレッドから派遣された軍事顧問だったハンス・レインホールドは用無しになる。イス帝国、というディレリアにとっての仮想敵を失ったことで、彼の築き上げた政治的基盤も脆弱になり、その結果、アルセムに在籍している最中の汚職までをも疑われる羽目になり、瞬く間に、彼はネイン砦南の「見世物監獄」に収監されてしまった。
これによって、彼と投声庁、集権化を進めようとしたディレリアの議会のほとんどすべての試みは暗礁に乗り上げた。ハンスは各都市の有力者から恨みを買っていたようでもあり、既に改正されていた一部の法も、不可逆的でない部分は削除され、元に戻されて発布され直したのだった。
つまり、ここまでの経緯を見る限り、デジタル・フィンガープリント、というスレッドの風習のディレリアへの移植は全く行われなかった、ということになる。では何故、「手の平の盗人」ギルド、という本稿の主題である(如何にも指紋と関係の有りそうな)集団が存在しているのかと言うと、それは、ディレリア国内での法の厳正化に対する激しい反発に基づいている。
ハンス・レインホールドの行った幾つもの法改正は、結果として、各都市の支配者の権威が強いディレリアの国内には全くと言っていいほど根付かなかった。繰り返しになるが、唯一残されたのは諸都市の住民の中の反発感情だけであり、指紋認証の法適用の失敗を通し、彼らは自立心を取り戻す。そこに目を付けたのが、ここへ来てようやく語られるエッシャー・ルコレッティ、というわけである。
スレッドからの法制顧問が派遣された結果として、VR1137年~42年の間、最も厳しく取り締まられたのがスリや盗みを生業とする職業集団だったわけだが(当のハンスが失脚し投獄されてから後も、この、盗人たちに対する取り締まりのみは、維持され、強化された)、そこで、困窮を凌ぐための仕事変更を余儀なくされたクレイオンの盗賊ギルドの一つの親分の娘だったエッシャーは、町中の路面を見つめ歩きながら、ある構想を思い付く。
その構想とは、手の平の指紋を「盗む」ことである。ハンスの施行しようとしたデジタル・フィンガープリントの法がスレッドの風習の引き写しなら、必然的に、スレッド諸邦の各群落の住人は、ディレリアにも施行されかけた入れ墨の刻印を、鉱石として持っていることになる。
その個人情報を、群落の長の記録とは別に、記録する。この個人を判別する紋自体は、だからと言って手に入れてすぐに何かの役に立つものでもないだろう。だが、万が一この先、個人の生と死を確認する他の別の用途がこのデジタルフィンガープリントの中に認められるとき、予め集められたそれらの情報の集積は、何らかの莫大な価値を見出すに違いない……。
エッシャー・ルコレッティは、この「手の平の盗人」の技術を、広く適用できるように今まで単なるスリや泥棒に過ぎなかった部下たちを訓練し直した。さらに、このギルド改変の試みについて彼女が巧妙だったのは、上記示した通りの、ディレリア国内に適用されかけたスレッドの法に対する反発感情を利用したことである。
彼女は、クレイオンの港町からディレリア全土にこの「盗み出し」を宣言する。要は、現時点では先に起きる事態を想定して売りつけるしかないこの指紋の盗出を、何らかの抵抗、スレッドの国法に対するディレリア側からの意趣返しのようなものとして公式に提示したわけだ。
この試みは成功した。彼女たちの集団は、下水道近くに住む日陰者の立場から、ひとまず見かけ上は、イスとの緊張状態が続いていた時にスレッドから押し付けられそうになった法への「抵抗者」としての立ち位置を確保した。
VR1148年現在、手の平の盗人ギルド、は、ディレリア国内で各都市の自由と解放を示す義賊のような評判を得ている。ただ、実際、エッシャー・ルコレッティの率いる盗賊集団がどの程度の規模でそれらの盗み出しを成功させているのかは、全く不明である。
他方で、その「盗難被害」を与えられているはずのスレッドの住民の側では、個人の存在の識別票としての役割を示す鉱石上の指紋を指で擦りながら、
「別にそんなもの勝手に盗ませておけばいい」
と吐き捨てる住人もいる一方で、
「なんかちょっと気持ち悪いよね」
と微妙な違和感を覚えている者もいるようである。
そんな様々な反応をスレッドの住人に引き起こしている張本人としての当のエッシャーはと言えば(以下は本当に指紋の盗み出しが毎日数十人単位で行われている、と信じる彼女と彼女のギルドのディレリア内の信奉者による伝聞であるが)、ギルド構成員に盗ませたデジタル・フィンガープリントの数々を見て悦に入り、
「この人の一直線になってるところの形ってすごい変わってるぅ~」、
などとレモンサワーを飲みながらギルド内の一室で嘯いているようなのである。
注:この記事の述べられた事象の数年後、つまりはフロウタールの歴史上の現在(VR1150年)、指紋鉱石の仕組みは、刻印の手数料としての金額を市民から免除する形で、結局、ディレリアに導入された。ただ、その後もエッシャーとエッシャーの仲間たちによる指紋の盗み出し、は現在でも引き続き行われている。
日々の行動と能力
1 猫を撫でる
2 収集した指紋をなぞる
3 レモンサワーを飲む
4 「指紋鉱石」の盗出計画を練る
5 投げナイフを弄ぶ
6 昼過ぎにベッドに入る
S | P | E | C | I | A | L |
4 | 7 | 5 | 7 | 6 | 5 | 7 |
闘争 | 華美 | 飽食 | 享楽 | 不寛 | 勤勉 | 渇望 |
6 | ||||||
空間 | 時間 | |||||
6 | ||||||
保持スキル | 短剣 | スリ | 解錠 |
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