固定アーティファクトの伝承

CRPG関連

ざっくりとした世界設定を補完するために、「伝承」枠として固定アーティファクトの言い伝えを追加しておきます。あくまで、キャラ設定のランダム生成により上書きされていく世界観の手前の既定値、ということで。

シルク・オブ・ニューロシス

イスのゲオルグ・デュプレイム・ソイエの持ち物として知られる『神経症の衣』は、相反する二つの効果を持つ神器として広く知られている。

一つは晩年の彼自身の態度が示したように人との不必要な接点を拒んだが故の「忌避」のまなざしの逆説的な受容であり、もう一つは全く同じことであるが外部との接触を極力拒んだが故の不意の触れ合いに対する滅法な撃たれ弱さである。

しかしながら、その「清潔」な身なりの漂わす「不潔さ」とは対照的に、この衣は思索にとっては限りない好影響を及ぼすようでもあり、着用者は他のどんな静寂や安息を得るより適度な集中力を知性に対し与えられるようになる。

実際のソイエはと云えば、周知の通り、晩年は衣ばかりか宮殿の柱でさえも消毒剤で浄化していなければ気が済まぬほど固有の病気を悪化させてしまったようで、治療に訪れる医者の手であっても皮膚に触れられるのを許さず、彼自身の創始したイスの不寛容の原罪とともに静かに死んでいったのである。

イントレランス

イスのディストリレート・プラトーの諸部族の表現する原罪そのものの名を冠されたこの槍は、初代皇帝デュプレイム・ソイエの時代に親衛隊長を務めていたヨハネス・シーゲルの持ち物である。

彼は、皇帝に劣らず極度の気難し屋であったらしく、給仕が皇帝に差し出す何物でも一日に決められた時刻や配ぜんの仕方を間違えると、その卓越した槍の腕で以って献上物をたたき壊してしまったという。

これに手を焼いたのが当時のソイエの身の回りの世話をしていた神官長のヴィクトレイ・マロフであり、皇帝のお気に入りの彼の繰り返される悪事に対抗するために、ヴァルナの鍛冶屋に命じて奇妙な形の槍を製造させた。

それは狭い宮廷内では簡単に振るえないほど柄の長く工夫されたもので、長槍の持つ攻撃範囲の長所よりどんな怪力の持ち主でも長大な身の丈の持つ扱い難さの短所の方が勝るように見える業ものであった。

ただシーゲルはこの「献上物」を一目見て気に入り、彼自身の信じがたい器用さで以ってむしろマロフの目の確かさを示すような彼専用の武器に変えてしまった。槍の柄の中央を持ち、逆さ側の装飾を牽制用に使い、ちょうど身の回りで旋風を巻き起こすようにして付近の事物を威圧したのである。

これによって、マロフ及び配下の給仕たちの気が休まるという事件の解決には至らなかった。シーゲルは以前にも況して時刻の遅れや配ぜんの気遣いに厳密になり、不慣れな新米の給仕などが入った際には叩き割られる食器の数が増したからである。

ガイ・オットーの漬物壺

このどこにでもあるような壺の由来は、はるか昔、ミゴウやマラツブの諸地域がパルス・プラントと呼ばれるようになった原初の時代にまで遡る。

当時原因不明の奇音を穀物が発していたスルーゲイズより以南の地域では、食料輸出が制限され、商人の往還も禁止され、自国の農作物を自国で消費するしか道がなくなっていた。

そこで各農村は工夫し、イスやディレリアの酸味や苦みの利いたスパイスを輸入してくる代わりに、チーズや乳製品を始めとした各種の発酵食品の製造技術を飛躍的に発達させたわけであるが、ただ、神話上の伝承が伝える通り、彼の国の密室めいた自給自足は長くは続かなかった。原因不明の奇音は、そのままその穀物を飼料とした牛や豚、鳥に至るまで、ありとあらゆる生物、及びそれをさらに捕食する動物、即ち人間までもが、謎の変死を遂げる予兆及びメルクマールとなったからである。

彼の国の辿る命運はザン教による別の詳細な解説に譲るとして、ここでは彼の国の王であるガイ・オットー一世が取った対処法のみに簡潔に言及しておく。それは、宮廷内のあちこちに穀倉代わりに巨大な壺を配置し、その中にン・テラの部族の住む平野からこっそりと買い取っていた野草や穀物を必死にため込んだレシピ通りに漬け込み、いざ食糧危機が領地全土におよんだ際に飢え死にを回避できるよう備えたというものである。

マシスの精巣

云うまでもなく初期の神話の時代の六王の一人であるマシス・カヴァラは、商業用のヴィジョンの創設者として広く知られているが、その部族的な侵略、及びザン教以外の宗教からなら「非人道的」と断じられるべき享楽の探究への試みの他に、晩年はリプトン河に纏わるある非主流的な実験を以っても彼の熱心な信奉者によっては様々な異説とともに語り継がれている。

そのヴァリエーションの一つが、キリコという小間使いの小便をするところを記録した自分専用のヴィジョンを紛失してしまった失意から、立ち直ることができずに、配下のジャコバン・パッビーニという者に唆され、精巣で生産される精子の尿管を突き抜けていく快感の原因が、ただ単に尿管を何かが突き抜ける際に起こる感覚の脳による認識に過ぎないという結論に行き着き、彼自身の実験の臨床的な一例として命題を証明するためにリプトン河の支流に彼の精巣そのものを接続してしまったという呆れるほどに馬鹿らしい逸話の辿る道筋である。

事の真偽は定かではないが、マシスは極度の痛みの代わりに適度な快感を手に入れ、アルセムの山の一番なだらかな丘の上に寝そべって悦に入っていたとキニーロス山の側からマシスの廟を訪れる彼の信奉者たちは今でも信じ込んでいるのだという。

ところで、彼の精子のいくらか混じっている川の水を洗濯用に使わなくてはならなくなった近隣の住民の被った迷惑は推して知るべきであろうが、それはここで触れるべき恥部では無い。問題は、彼の国で自身の慰撫すべき住民を巻き添えにして、それでも享楽を突き止めようとしたマシスという伝説上の王が実際にいた、として語られる点であり、それを証拠立てる古典的アーティファクトとしての凡そ巨人のものとして推し量られるべき巨大な精巣が存在し、引き継がれているという事実そのものである。

ゴッドネス・アイ

ディレリアのクレイオンやメルネスより遙か北、パルカンテの島嶼部に住んでいた初期ヴィジョンの群れは、古代の六王の一人であるマシス・カヴァラによって虐殺され、(正確には殺された時に見る最後の映像の記録の為に捕獲され、様々な娯楽用の光景を目の当たりにした時点で首を刎ねられた)、商業用のヴィジョンとして享楽の原罪に供されたわけであるが、そのうちの一人、諸部族の間で長老と称されていた象形文字の記録が残っているギシャン・オバログは、類い稀な記録・投射能力を持つパルカンテの頭がい骨のうちでも、突出したある超常的な能力を死後も誇っていた。

それは、他のヴィジョンのそれぞれが見た最期の光景を全て結びつけるというハブのような効果であり、他の部族の各々のチャンネルは、彼が死の間際に零れ落としたという幾つもの眼球(確かにそれ自体異常な現象ではある)を、肉のきれいにはがれおちた頭蓋骨の眼窩に据え付けるという行為によって実現される。

勿論、それらザン教の神官の口ずさむ伝承の真偽は定かではないのだが、確かなことは、一つ一つが宝石のような眼球の輝きによって幾つもの映像を映し出す頭蓋骨が存在するという事実であり、そしてそれらの一つ一つが、近来跋扈する数多の盗賊団の計画する犯行のこれ以上ない格好の標的となる可能性である。

パルムズ・ブルー

パルム・サーズビリアがクセナルージュの寒村で見染めたヴァージニアという女性との蜜月は、非常に短いものであったが、エロイーズの黄金の化身と呼ばれる彼女の姿の面影は、六王の原罪の参照される膣素の色の充満とは異なった仕方で立ち現われている。

パルス・プラントの遊牧民が好んだ簡素なチュニックを好んで着たというヴァージニアの嗜好は、彼女自身について語らせる際の民草一人一人に去来する脳の中の印象でさえも、サーズビリアの掛けた秘術によって青々と染められていたのである。

それは青の中の青、藍よりも青く青よりも蒼い藍より出でた一滴の搾り汁の集積のような、果てしない色の広がりを一切薄められずに貫徹しようとする意志を感じさせる青色だった。

パルムはそれを、敢えて黄金の肌が引き立つようにヴァージニアの為に仕立て上げたエンパイアドレスにのみ抽出させようとしたのだったが、過度の美しさ、相対する人の時を止めさせるようだったと評された彼女の美貌は、ゆっくりと、一人の女性として愛でる間もなく朝にだけ咲く花がしぼむように枯れてしまった。

とうとう彼はその真実の青と評されたヴァージニアの為のドレスを彼女の遺骸とともに埋葬し、棺を彼女の自死した姿が発見されたペルピーニャの森とともに焼却させたのだった。ただ華美の国の王であるパルムにとっても意外であっただろうことは、焼け残ったミネアの大木の幹の中央に、以後世界樹の葉のしずくと知られることになる青々とした葉の付く枝を茂らせるドレスの痕跡が、数百年に渡り残され維持され続けていくという些細な結末であろう。

ディレイ

スレッドの初代の王、ジャニス・ローレンス卿が、ドローエン以北の、フラマント山脈からソスノア丘陵に至る広大な版図を制圧した経過には諸説あるが、中でも信憑性の高いものとしてザン教の神話伝承者ばかりではなく厳密な歴史的検証を求める静謐派の修道士にも広く受け入れられている発掘の事例が、ネイ・グロウの軍事演習場からの出土品として現在のライ・ブレートの砦にそのまま展示されている。

それは、ディレイという槍の突撃用に特化して突端を鋭く研ぎ澄まされた高純度の鉄の武器である。酸化や錆びの跡も残らずに幾つかの埋葬品とともに当時は神話上の存在として信じられていた王の存在を実証するモノとして出土したこと自体がスレッドの歴史研究者からしてみれば驚きだっただろうが、その槍の形状は幾つかの傍証を結論付けるとともに新たな推論をももたらした。

それは、跨服騎射を初めて行ったのがン・テラの部族であるというザン教の司祭の推測を打ち破ると同時に、南方の遊牧民をローレンスが撃破する際に、突撃の正確さと高速の刺突故に受ける者の死に際に残像しかもたらさなかったという印象の遅延を、単なる荒唐無稽な土着民の逸話としてしか受け取らぬ者たちに突端の鋭さによってまさに喉元を窺うように反証を突き付けたのである。

現在でもその一切の酸化を被らない純粋な切れ味を誇る鉄の穂先は各地を巡る冒険者にとって垂涎の的らしく、馬と一体になった柄の一部は歴史的遺物として展示されていたライ・ブレートの棚の上から抜け出し、フロウタールのあちこちで実用的な武器として振るわれているという。

盲目の枝

太古の時代から神話の時代を経て、我々のヴィジョン・クライシスの後の時代に接続されるまでの、すべての時間性を切り開いたスシ・プラトークという射手には、現在六王として知られる時間神の神性の化身であるペガサスの血を分けた六人の従者がいた。そして、ちょうど空を飛びまわるペガサスが墜落する際に予期せず彼女の血を浴びてしまったミネアという名の大木がいた。

彼は、初期ヴィジョンによって崇められていたという象形文字の記録が残っているペルピーニャの森のうちでただ一つ、過ぎ去っていく空間をではなくただ目の前にある時間を認識するようになってしまったのだという。そしてその事実は、どうやら木にとっては致命的であったらしい。

というのも、我々の基本的な知覚に反し「空間」を認識する能力を持っている、と初期ヴィジョンの信仰を研究するフロウタール人民に信じられる彼の植物は、時間を認識する能力が備えられたという経過の代償として、今度は視覚そのものを失ってしまったからである。というより、そもそも木が空間を認識できるという信仰自体、現在の我々にとっては理解し難いものだが、一方でその樹齢数千年に及ぼうかという大木が、他の木々の密生とは明らかに異なるレベルの膣素の発散を充満させていることは、一度ペルピーニャを訪れた者であれば反証しようがない実感であろう、とも思われる。

ただ今述べたような神話上の経過が、実際に彼の幹の一部を奪い取ろうとする者にとって魔法的効果を及ぼすかどうかは全く以って定かではない。この枝は、その木の呪力を信じ込んだ人間か信じ込んだ人間に高額で売りつけようと目論んだ盗賊のいずれかが、信奉者の目を盗み、いつの時代にか根元から切り落としたものである。

ピュアリー・レディエーション

スレッドの古代六王の一人ジャニス・ローレンス卿の三人の従者の一人であるエフェ・カラの持ち物のこの弓は、その由来の多くを彼自身の王に仕えていた際の逸話によっている。

ある日彼は、解決不可能に見える難題を配下の者に課しどう切り抜けるかを見るのをこの上ない楽しみとする主のローレンス卿に、夜になると空に浮かぶ星々を全て墜としてみよ、と命じられた。

エフェ・カラはそれに答えて、「いくらなんでもそれは無理でございます、王よ、出来れば私めに酌量の余地を与えていただきたいのですが」、と云い、「わたしが撃ち落とせるのは、地上の理に支配された物体、のみなのです。どうやらわたしが長年自身の射撃技術から推測しましたところによりますと、星は、あれは物体ではございません」と釈明した。さらに続けて、……少なくとも我々が目にしているのは、地上の理から逃れ得た光、のみでございます。でなければ、星は、いつかはこの地上に落下して来なければおかしいからです、と、極めて論理的な反証をしたのだった。

そこで王はと云えば、エフェ・カラに出した問いの求める答えの在り処とは異なる彼の発言からは何故か気が逸れてしまったようで、頻りに、自身の犯した天上を駆け回るペガサスの初めに見た印象について回想しているような面持ちだった、と伝えられている。

とにかく、『純粋投射射撃』と称される後の時代に伝えられた彼の標的の射撃法が、当時の弩兵の鍛錬をはるかに凌駕する水準に達していたことはこの逸話からも疑いようがなく、大地への矢の落下していく距離感を正確に測るための関数表の付された分度器のような機を備えた台座を持つ弩であれば、皆等しく「ピュアリー・レディエーション」と、呼ばれるようになったのだった。現代のフロウタールの世界では、弩兵そのものの訓練や射撃法すら同じ名前で呼ぶこともあるのは周知の事実であろう。それは、類い稀な弓兵戦法を編み出したエフェ・カラという伝説上の人物への、(あくまで空想的な)敬意の最大の表れなのである。

ソード・オブ・ファルス

俗に懐疑主義者の剣、として知られるこの剣は、古代六王の時代のスレッドのローレンス卿の従者の一人であるジャスラン・アブラマノフの持ち物であった。

剣戟の達人としてより、優れた軍の指揮者として知られるアブラマノフの功績からも推測される通り、何か取り立てて鋭い切れ味を持っているとか、巨大な怪物を打ち倒したとかいう逸話に彩られているわけでは決してない。

だが、当時のスレッドの、まだ切れ味が鈍く、斬撃の要素より打撃の持つ意味合いの強い銅製の多く出土しているものには珍しく、この剣は鉄製で、ご丁寧に血抜きまで剣身に施されているのである。重要なのはその模様のことだ。ン・テラ語以前のディレイの言語で彫られたその文字の意味を完全に判別するのは難しいが、一説にはそれはアブラマノフによって繰り返し反芻されたある警句のことを指しているという。

鉄鉱山の麓でまず山賊に嘘をつき、その山賊に襲われたと近隣の村で嘘を吐き、さらに或る村が鉄鉱山の発見により市民兵に襲われていると数里離れた村で繰り返しありふれた嘘を吐き、彼自身を疑わせることで、終いには初めに山賊に約束した通りの一片の銀を、自らと自らの伯父のアンドレイ・アブラマノフで山分けしたという彼の有名な『ベイカントの逃避行』を詳しくは参照してもらいたいのだが、その彼のローレンス卿に引きたてられるきっかけとなった簡易なストラテジーの中にこそ、幾度でもその警句は呟かれていると後の史略家は記述している。

「レイ・アパトス・アフィア・アパトス・ラクリーナ・レイ」。古いディレイの言葉で、「嘘は繰り返すことで真実に近づく、真実は繰り返された嘘の産物である」。

ラッキー・スマイル

マハ=イルに住むフィンガー・オブ・デスと呼ばれるジプシーの集団は、強制的に時間神の神性を認識するように仕向けられた初期ヴィジョンの集団(つまりは我々の先祖)のうちで、イスの西方の辺境に居住地があった故か、局所的に時間神の神性を認識し得ない部位が残った極めて特殊な部族のうちのひとつである。

その彼らが、爆竹が火の爆ぜる音を突発的にまき散らす如く、意図的に考えられる限り最悪の武装集団として体の各部位を急激な時間神の神性の流入によって爆発させることを覚え、各地で傭兵として用いられるようになったのは遠く神話の時代の話であるが、この『ラッキー・スマイル』というアーティファクトを語る上では少しその火によって映し出される像の映写される角度を変えなければならない。

というのも、もう一方でこの初期ヴィジョンの眼球に込められた像が映し出すものは、その被害者の側の、「死の指」で呪い殺される際に必ず死者の前に立ち現われるという死神の微笑みを瞬間的に写し取ったものなのである。ここで事態は二重の原罪に立ち会わされることになる。一つは、遠くイスのミラジ教徒との国境沿いまでその破砕力を見越して軍事集団の一員としてジプシーを組み入れようとしたスレッドの側の闘争の原罪であり、もう一つは初めてヴィジョンを商業利用しようとしたディレリアの側の享楽の原罪、の二つである。

そこで多くの読者が予想される通り、このヴィジョンの眼球に残された映像を、六王の一人マシス・カヴァラ王の仕業だ、と実際に断定するザン教の関係者も少なくない、ただ、本物の血を見るのが大嫌いだったというカヴァラ王の後世にもよく伝わる性質から、むしろ成立はヴィジョン・クライシス以降の死の指のメンバーの残存が、自由に体の部位を再生しながら辺りを爆発させる凶悪な暗殺者集団になり下がってからだと推測する者も多い。

一瞬で死ぬ間際のまさに刹那の映像を垣間見たいという被虐趣味・残酷趣味を持つ輩から、この「スマイル」とは程遠い色をした眼球は、現在極めて高額な値段で取引されていることだけは、どうやら間違いがないようである。

狂牛の首輪

パルス・プラントのミゴウに居を置くガイ・オットー一世は、自身の領地内で表現するべき時間神の神性の、飽食の原罪としての顕現を広めるため、ありとあらゆる農業技法の開拓を試みたのであるが、酪農との連携や灌漑施設の完備など常道と思われる地域開発とは別に、現代のフロウタールで行われているような錬金術の獲得した薬の調合法を利用する先端的と云える化学技術を駆使したりもしていた。

そのうちのひとつが、一部の特権的な階級にだけ供される上質な肉を獲得するために、あらゆる穀物を混ぜ合わせた飼料を家畜に食べさせ、さらにその良質な飼料を食べさせた家畜の肉骨粉を混ぜ合わせた飼料を、豚や牛のうちでも上等な肉付きをした階級の選りすぐられた者に与え、さらにはそうして供されるべき誰かの食事のためにのみ良い栄養を与えられていた牛の肉を、極限まで弛緩のない滑らかなものにするため牛自身に与えるというある意味で「非人道的な」、輪完法と呼ばれる家畜の生育技法だった。

パルス・プラントの地名の由来となるこの飽食の原罪の起源とも云える逸話の詳細な経過の著述は別に譲るが、その結末は、正常な単素の結合の配列を示さない異常な(ゼンマイやヤマノイモに一部の菌類を調合することで得られた蛋白質の一種)単素が、飼料に混ぜわされることで連鎖して生じた或る疾病に行き着いている。

そのパルス・プラントの音の拡散の中で最後に生き残った牛が、俗にミノタウロスと呼ばれるものであり、この首輪は彼が自身の強烈に肥大化された記憶力を戒めるために家畜だった頃の印象を強め、引きちぎられた鎖とともに欠かさず人の二の腕よりも太い首に括りつけさせていたという代物である。勿論、正常な思考の持ち主ならこの首輪をみだりに弄んでみようと試みるはずもないだろうし、況して自身の首にくくりつけてみようなどとは思わぬ方が賢明である。

ヘッドレス・アクス

原初の、時間神の神性を表現すべき原罪を割り当てられた六つの地域のうちで、ハングヘッド・アイランドのみは詳しい成立年が不明である。

近年のレブノ島の大爆発、古くから定期的に噴火を続けているアガリッシュ山の溶岩流など、考古学的な研究を試みる歴史家からしてみれば実地での調査を阻もうとする要因には事欠かないだろうが、地域ごとの信仰の整合性を強引に測ろうとする嫌いのあるザン教の神話上の伝承でさえも、彼の国の「歴史的な」王政の存立年には正確な日付を与えていない。

最も信憑性の高い彼の国の勤勉の原罪の流出の系譜は、「勤勉」という言葉の響きが初めに我々に与える印象とは対照的に、犯罪者の存在を真っ先に受け入れ出したのがこの巨大な島であるという近年の人種の混ざり具合から類推してもにわかには反駁し難い人口流入を端著にして始まっている。

というのも、エルダー・ガスリンというスシ・プラトークの六人の従者の一人であるこの国の王は、自身がまず犯罪者であったばかりではなく、この国に流れ着くはずだった流刑者の一人一人を、勤勉の原罪を表現するのにふさわしいかどうか逐一品定めし、意にそぐわない者であれば全て断罪してしまっていたのだ。

ここでいう断罪とは、正に彼自身の振る舞いに立ち返れば闘争の原罪の表現者に近いような、六王の原罪のいずれかを表現する資質を持たない人間は死ぬほかないと「断じる」という意味での断罪であって、即ち自身の斧による処刑を意味する。つまり神話上の六王一人である彼は、忠実な歴史的研究の上では王である以前に死刑執行人だったわけである。

来る日も来る日も訪れる憔悴した犯罪者を断罪すべく腕を振るっていたエルダー・ガスリンの斧は、いつしか苦しみなく男を殺すための刃をもがれ、手厳しく打ちすえるための柄の部分のみの姿に変わってしまった。不気味なことに、この武器にとって最も大事な部分の欠落したように見える一振りは、おそらくは無残に殺された数多の流刑者の亡霊と融合する形で、その「不在」を通して戦士である所持者に振るわれたときにのみ本来の力を発揮するようである。

リンスの鍵盤

イスの作曲家であったグライス・リンスは、大規模なヴィジョン・クライシスの前の小規模なヴィジョン・クライシスの初めの犠牲者である。

イス・ディレリア戦争でのディレリアの敗北を目印にして、紀元前のフロウタールではまだその時代まで時間神の神性の支配が根強く、空間神の神性の浸透するスレッド・ディレリア連合軍がイヴェニス平原で敗れ去るという事態になるわけであるが、その敗北のしるしがマヒリョウ砦やネイン砦で発見されるまで、ソーシア・ノウの生誕以前に神性の支配の転換が行われる可能性があったなどと誰も信じはしなかった。

イスの著名な作曲家であり優秀なオルガン演奏者でもあったリンスは、そうした空間神と時間神の神性の結節点で原罪と原罪が交錯し、複雑な国家間の交流が行われ始めた時期の、滑らかな接続があったばかりではない神性の表現の発露のある意味で典型的な体現者だったわけである。

それは何より彼の抜きん出た才能によっている。鶯がさえずりを止め、川が自身の無能を恥じ流音を慎むほどだったというリンスの滑らかな指づかいは、場所を変えて、彼が第一番目の商業用ヴィジョンの中の演奏者となってからも、変わらず観衆を魅了したのであったが、問題は投射の外の本人の脳に少なからず与えられたヴィジョンの内側に生息することの影響だった。

彼は、マシス・カヴァラ王に呼ばれて彼の住むアルセムの居城で水オルガンの腕を披露してからというもの、リズムに合わせ、跳躍し踊っていた最早彼の脳の所有物であったはずの音符が、彼自身の動かなくなった指先に符合するように全て抜け落ちてしまったと自白しているのである。

事の真偽はともかく、神話上の伝承の演奏者であるグライス・リンスの楽曲は、他の後世に作られた詩のヴァリエーションと同じく、ザン教に正式に保管される形で様々な追随者、変奏者、批判する者を生み出した。そのうちのほとんどは、むしろリンスの偉大さと他の音楽家と比較し難い構想の壮大さ、仮に神話上の伝説の当時に試みられていたとしたらあまりにも実験的な彼の譜面の独創性を、現在の聴衆としての我々の耳に間接的な形で届けるばかりである。

この鍵盤も、おそらくはそうした長大な時間の中で形作られた音楽的な意匠に対する尊崇の念を、音楽家としての胸の内に秘めた工作者の手によって、何らかの挑戦的な思惑とともに製造されたものの一つだと思われる。

裏切りの鎧

この藤で作られた鎧は、今は存在しない紀元前のチュードアという国家が、イス・ディレリア戦争の時に着ていたという架空の防具である。

存在しない、と云ってもチュードアという国家そのものが架空であったわけではなく、イオニス・エイディンがイス帝国単独で征西を試みようとした第三の覇者の時代、壮絶な戦闘によって国家ごと滅ぼされてしまうまで確かにチュードアという国はディレリアの諸領内に存在していた。

事の始まりは、今から振り返ってみるとジトの間道からイヴェニス平原の西のキザンという山岳地帯まで、広範にイスの邦境と接していた彼の国の地政学的な位置づけそのもののに存していたのかもしれない。結果として、大規模なイス・ディレリア間の戦争が行われた二度の世紀を跨ぐ開戦の機会に、二度ともイスの側の内通の誘いを断って(しかも一度は受け入れる素振りをしながら)、ディレリアの側に加担し、本来の領地の属する戦勝国の側でこの鎧の生産者であった国は多額の恩賞を得たのである。

一度目のイス・ディレリア戦争の結果に関しては、何分神話の時代の話故評価の分かれるところであるが、二度目のイオニスの時代に被ったイス側の被害は甚大であった。藤を油に漬け、何度も干し直して造られる水中での可動性も強度の面でも申し分のなかったというこの鎧を、「本当に」兵士たちが着用していたかどうかはむしろ議論の余地のないことと思われるが、何故かその「火に燃えやすい」という特徴のみは誇張され、抜き出されて、現在にも広く知られている。

なぜなら周知の通り、イスのイオニス・エイディンの正規軍の残党だったアナイシス・ギルは、今はドーラ・グインの灌木地帯として知られる巨大な焦土として、ディレリアのモス以西の地域を支配していた戦士の集団と国家そのものを、一族郎党、女子供問わずすべて焼き尽くしてしまったからである。

スキャッタード・ロケット

エロイーズの王であったパルム・サーズビリアが隠遁してから後、国の実権を握るようになった宰相のアダム・スキッドは、国内中の美しい女を自分の宮廷に移したばかりか、国外に対しても自身の影響力を強めるため、「花嫁修業」と称して幾つかの組に分け、美貌の集団を諸国行脚の旅に向かわせたのだった。

ただ修行、というのは名ばかりで、実際には、それは他の国の王を含んだ各地域の侯爵や子爵に思うがまま女たちを抱かせるという卑猥で過酷な旅路だった。この時、スキッドは自国による歓待が一時で終わらないよう或る工夫をしていて、それぞれの女が掛けた首飾りに、各々異なったイメージを秘めさせ、今度はそのイメージと対応した首飾りを持つ女を抱かなければエロイーズの原罪である華美の恩寵を受けられないとする取ってつけたような決めごとであった。

我々の時代にも伝わる「数合わせ」の原初的形とも云われるこの仕組みは、一方で誰も予想だにしなかったであろう、ある展開を生み出した。

当時、王に拘わるものであれば何もかも手当たり次第に盗み出してやろうとするモーリス・スキャット・エリスという盗賊がいたのだが、彼(あるいは彼女)は、一部の王族や貴族にしか献上されないというその女の体を、真っ先に自分が抱くために盗み出してやろうとしたのである。

各地で選りすぐりのエロイーズ女を強姦してやろうとして企図された山賊どもの襲撃とは別の次元で、モーリス・エリスによる女の盗み出しは粛々と行われ、ある晩にはスレッドのレト地方に向かっていた女が、ある別の晩にはドローエンに向かっていた女の一人が、さらに別の晩にはシャルマーフの貴族に供せられるはずだった生粋の黄金の肌を持つ女が彼の住むマンションの洞くつに次々と運び込まれてきた。

そして、彼は女を抱く代わりに、彼女たちが予め与えられていたロケットの中のイメージと同じように、各々の肩から背中にかけての三分の一を使って、王の下から女を盗み出したという証明のような合し絵を自身の信頼する彫り物師に依頼して描かせたのである。送り返された三人の女は当然死罪になった。

ただ、これには異説があって、女たちは死罪になることを恐れ各地のスキッドの目の届かないところに散っていったとか、もしくはその各地へ消えた女どもが安息した先で子供を設け、むしろ一般的なエロイーズ市民からしてみれば横暴のように見えるスキッドの施政から、解放された暁として嗣子代々背中に彫られた入れ墨を受け継いでいった、などという展開が、伝承上に名前の上げられたフロウタールの各地でまことしやかに囁かれている。

後にモーリスの築き上げた巨額の財や隠し蔽された幾つもの財宝の噂と相俟って、現在ではこの刺青を持った女と初めのロケットの関連性は、世界中に潜んでいる財宝探索人のまず参照すべき(そして未だ誰もたどり着き得ない)神話上の伝承の筆頭なのである。

コピーイング・パルス

パルス・プラントのミゴウ出身の音楽家であるショーン・インキュナブラは、自国で起きた原因不明の奇音である穀物の発する信号を、どうにかして解き明かそうとする代わり、解読は後の代に譲り、何とか音の記録だけは可能なのではないかと考えた。

そこで彼が取った行動とは、当時既に刈り尽くされたというはるか北のパルカンテの島嶼部に渡り、まだ生息している密林の中の初期ヴィジョンの部族を、簡単なジェスチャで説き伏せ、一人野心的な青年を大陸に連れ帰り、自身の試みようとする実験に無理やり付き合わせるというものだった。

一方的な頭蓋骨の収奪のためではなく、既に時間神の神性に染め上げられた人間と初期ヴィジョンの「共同作業」などは、現在の静謐派の修道士からすれば格好の研究対象になりうるだろうが、ここではより重要な歴史的記録の方が広くフロウタール全体のザン教の信徒には注目されるべきだろう。ショーンは、その「野心」を空間神の絶対的な支配に反し植え付けられてしまった連れの者の頭蓋骨に、ゆっくりと、為すすべなく訪れる身体の死(即ち餓死)を通して、広範な、マラツブからスルーゲイズ、ミゴウのマラヒス湾に至るまでそれぞれの地域で鳴り方を変える奇音の音響を、逐一、本来なら一瞬で訪れるべき死を彼に対し遅延させながら、数時間、数十時間にわたって記録させようとしたのである。

彼の「飽食」の原罪の体現とは相反する試みは、敬虔なザン教信徒からでなくとも辛辣で、深刻な批判にさらされることが多い、しかしながら、その生涯を賭けた実験が執り行われてからはショーン自身も頭蓋骨の友人とともに餓死した、などという根も葉もない伝承を付け加える輩の他にも、外科医が脳手術を滞りなく行う時のような迷いの無さ、そして「撮影」の卓越した手腕に、ある種の「音楽」とランドスケープの融合に讃嘆しながら、スルーゲイズ以東のスレッドとの国境が閉鎖されていた際の状況を伝える希少なそして唯一の歴史的資料として重宝がられていることもまた事実、なのである。

彼の録音と、淡々と流れるパルス・プラント全土の旅の記録映像は、ザン教に於いて、振動書の読解を声高に歌い上げることを主目的としたのではない、おそらくは歴史上初めての「ノイズ音楽」の成立の瞬間の記録と「同時」に成立したのだ。

シールド・オブ・ヴァリナ

この盾は、数あるヴァリナ・ヴァグナの伝承のヴァリエーションのうちの一つの、考えられうる限り最もおぞましい結末の後に、その話が仮に真実であれば残される異形のアーティファクトの片側である。

いつの頃に編曲されたものかは分からないが、パルム・サーズビリアの遺した詩とは別の結末を持つこの詩曲にも、ザン教の音楽家は隔てなく幾つかの型を用意したようである。

ともかく初めにこの話を創出した語り手の述べるのは端的に云って次のことである、まずユセルムで幸福な結末を迎えるはずだった二人の男との会合は失敗に終わり、ヴァリナもヴァグナも化け物になってしまって、それぞれクセナルージュとペルピーニャの洞くつで誰に構われるとなくひっそりと暮らした。サーズビリアの意図とはかけ離れたこの終幕は、自然と、悪趣味な詮索家による新たな章の始まりとなる。

つまりそれは、怪物となったヴァリナが、頭に死んだ女の膣を収集し、脳が思考を外側にそのまま露呈するようにぴったりと頭の周囲の表面に張り付け、夜な夜な、ペルピーニャの森の動物たちが寝静まる頃になってその膣の何れは男たちに打ち捨てられるという悲しくも必然的な結末を、自身の処女を失った頃の記憶に寄り添わせ、延々叫び続けるという酷過ぎる流れである。

話の筋は、最早サーズビリア王がヴァージニアという母親との連接の下に語ろうとした次元とは程遠く、単なる怪物譚、怪物討伐の冒険譚の類に推移してしまっている。一説に因ると、未だ倒されざるヴァリナの頭は、首から上を切り取って盾に据え付けた時に最強の防具になるようで、頭から「無音」を発し、訪れる冒険者たちを叫び続ける膣の発狂で呪い殺し続けていたヴァリナの相貌と同じ仕方で、仮に防具の所持者に襲いかかってくるような軍勢があれば、敵味方問わず、その場にいるすべての男どもを混乱させてしまうらしい。

ウォーター・フロント

この頭巾は、イスのヴァルナでイス・ディレリア戦争が起こって後、平穏を取り戻したかに見えるディストリレート・プラトーの内側において、燻っていた火種が工業労働者の身分制を指す地域の不満として噴出した「水の乱」の象徴的な旗印である。

時間神の神性を表す圏域が空間神の神性を表す圏域にとって代わられる、というザン教の云うヴィジョン・クライシスの、直前に起きたフロウタール領内の先兵とも称されるこの反乱は、むしろ空間神の神性の支配の強まっていくにつれ噴出した時間神の神性の側の不満の爆発、つまりはイスのアフォルムやフィア、プリスデンに対する同国の領域内のヴァルナ、及びティミショア、ヘルクラウド(そして最後にグランドセルブス)、の側の反乱だったのである。

現在の我々の世界における加法混色の仕方と減法混色の仕方を逆転させるに至るこのヴィジョン・クライシス直前の「色の革命」は、正確に云えばヴァルナ以南のガジアンス地方における小さな農業労働者の一揆から始まった。この革命の事実を拠り所にして(具体的に云えば上意下達的なディストリレート・プラトーの監査の仕組みが、相補的なもの、互いに監視し合うものに変わった)、レフトフォール・チャーチなどはイスの他国に対する優位性、先進性を主張したりもするが、その論旨がほとんど正当なザン教の司祭たちに退けられるにしろ、混色の方法の転換を否定する者はフロウタールの圏内ですら一人もいない。

つまり、イス・パルス・・プラント、エロイーズの等辺三角形を内周と称し、ディレリア、ハングヘッド、スレッドの等辺三角形を外周、と称するのである。大男にしか使えなかった巨大なハンマーや農民用の鍬や鋤にくくりつけられてその革命の旗印とされたというヴァルナの労働者の水色の頭巾は、後にフロウタール全土に広まることになる色相の転換、の始まりの代名詞と云われるものなのである。

エクスプレイン

ザン教の創始者であるソーシア・ノウは、自身の人生を大袈裟な虚飾で彩ることには非常な才能を発揮したようで、彼の半生を記録した振動書の『喪失の世紀』の項を参照にしなくとも、空間的、時間的に云って歴史記述の痕跡自体がすべて抜け落ちてしまったというヴィジョン・クライシスを唯一人彼のみが生き延びてきたという告白は、広くフロウタール国民であれば誰しもが良く知っている事実である。

そこで彼は、以降のザン教の教義が採る全ての形態の、現在では時間神及び空間神の神性の表現としての原罪の規定としてよく知られる六つの「次元的な」配置を、他の論理学者に先駆けて平面上に引き写したのだった。

歴史記述のみならず、それこそ遙か初期ヴィジョンの時代まで遡る時間神の神性の喪失の瞬間を、彼は時を認識し得なくなった刹那のことでありながら、まるで宇宙の始まりから世界の終りまでを捕らえつくしたかのような悠久の長大さであったとそこで前置きしているわけだが、重要なことは、時間神と空間神の神性の優位性を逆転させるヴィジョン・クライシスの転換期に訪れた時間性、及び空間性の喪失が、ソーシアの目撃した第一紀のヴィジョン・クライシスに於いては、ただ人類から時間神の神性としての時間性を失わせたばかりではなく、あらゆる他の次元性を、つまりは現在ではエロイーズ、パルス・プラント、イスに対応する点、線、平面、そしてハングヘッド、ディレリア、スレッドに対応する時間、平面、空間という、視界をパレットとした時の内周の等辺三角形と、大地をパレットとした時の外周の等辺三角形のすべての頂点を、一色汰にして全て失ってしまったという「点」である。

それは、平面、という規定が、人間の認識する世界と人間の認識を司る領野としての脳の平行性として二重に内周の三角と外周の三角で顕れるように、時間神の神性としての時間性という規定も、ゼロ次元を表す次元性の始原としての点、及び人間の認識しうる範囲の限界としての外部を指し示す外周の三角の尤も外側に、即ち減法混色の中心から加法混色の周縁まで、全ての次元性を網羅して配置されていることと決して無縁ではない。

ところで、空間神のみを認識していた初期ヴィジョンの時代からさらに退行したその虚無から抜け出すために、ソーシアは今ではあまりにもよく出来過ぎていると独白の信憑性を疑われてさえいるある行動をとった。それは、目の前の一切の反響を拒むようなまっさらな平面に向かって、ただ一言、声を響かせるということだった。

まさに彼の声によって、我々は再び点、線、平面から時間、平面、空間(そして周回して再び時間)というすべての次元性を取り戻したのである。ザン教の信仰の部外者であればこれら全ての極端に合理論的な神をすら所有した気になっている六牟星の図式自体を、神の絶対性からはかけ離れているとして否定することも難しくないだろうが、我々の世界に於いては、周知の通り全てがこの神性の表現の原罪の規定と称される二つの等辺三角の間に生起する事態として是認されているのである。

故に、少し冗長になったが「エクスプレイン」と称されたザン教の聖遺物であるこの一本の長剣が、初めにソーシアの声によって投げかけられた神に対する弁明の声の響きを大地に対する誓いとして代替し、突き立てられたものだと云われれば、ほとんどそのまま唯一の肯定として受け入れざるを得ないのである。

尤も、レフトフォール・チャーチや静謐派という正当なザン教にとっての異端を名乗る者の間では、彼の「ノウ」という名の指し示す通り、純粋な否定を、空間神・時間神の神性の蓋然性を知らしめられた時に同時に口走ってしまったはずだと邪推するモノも少なくない。これはノウ、というファミリーネームが、ン・テラ語のものであるという一部の指摘とも対応する推測であるが、一方でソーシアの世界に対し初めに呟かれた音の意味は、現在行方不明になっているこの剣の所在とともに、おそらくは永遠に解かれることのない秘密であるだろう。

インベイジョン

この大剣は、テラの遊牧民が、リウネからフエ、ライムインとパルス・プラントの海岸沿いを侵略する際に所持していたとされる両手用の武器である。

ヴィジョン・クライシスの先駆けともなったと云われるン・テラの侵攻の象徴としても扱われることから、ザン教の聖遺物である「エクスプレイン」と比較されることも多いが、具体的な出土記録がないことなども含めて推測すると、後の時代に武器の相関関係をザン教の六王の規定に沿って配置し直した軍事学者の創作した架空のものである可能性が高いと思われる。

というのも当時一般的な戦闘で用いられていた切れ味よりも打撃の攻撃を主とする鈍器のような役割も兼ねた大剣は、イスの山岳地帯やディレリアとの国境沿いであるナッソウの傭兵が多く用いていたにせよ、スレッドやそれより以南のパルス・プラント、ン・テラの部族の間では使用されていなかったからである。

後にイオニス・エイディンやカリム・リナウドがそうしたように、優れた軍略家は自国の自国同士で行われる紛争の勝者ばかりを目指すのではなく、対外的な戦争を意識し、相手国の弱点とする戦術、即ち自国の所持していない様々な武器の型や防具の型を収集し、いつでも兵士たちに使いこなせるよう訓練させるわけであるが、その近年の傾向から逆算して、紀元前の時代に未曾有の危機をフロウタール全土にもたらしたアリウス・ハンも、同様に当時テラの遊牧民が得意としていた騎乗したままの刺突戦術や弓術のみばかりか、対極のイスやナッソウの傭兵の得意とする打撃系の武器まで広く網羅して取り扱っていたはずだ、と後の軍事学者が類推した後に、この大剣に代表されるような武具の総体を考案したとしても不思議ではない。

ベルゼンやレイジックに巣食う小規模な山賊の長の類が、この伝説上の剣を所持していると稀に噂になることがあるが、仮に侵略に用いられた打撃用の大剣が実在し、何かの拍子に彼の手に入るようなことがあったとしても、当時の技術の水準で云えばおそらくはほとんど刃による切れ味は期待できないに違いないし、その男の、無理やりアーティファクトの博物学的な価値を振り回そうとする膂力の他に、実際の戦闘で役に立つような効力を求めることは難しいだろう。

コンフュージング・メイル

この鎧は、パルス・プラントの最南端からマハ・イルの村落まで、ヴィジョン・クライシスの直前にフロウタール全土を制圧したアリウス・ハンが、その頃に各地に現れ始めていた色相の転換者を、「異常者」と認定し、ン・テラの遊牧民にとっても災厄をもたらすものとして忌避し、ハングヘッドに送還する過程で、彼らにとっては用途の無いイスやナッソウの人間が身に着けていた鎖状の鎧を、自身の出身地とは違う様々な色で溢れた転換者の体に体そのものを束縛するように無理やり覆いかぶせた、謂わば考えられる限り最小の単位の監獄である。

数年の後に、彼らの体をすべて輸送するまで正規軍のほとんど全兵力を今ではステル・リ・タニウ遺跡として知られる白い虚無の海に接続するイスの南岸に駐留させていたアリウス・ハンは、他のン・テラの幹部ともども謎の死を遂げるわけであるが、それをこの鎧のうちに秘められた色相の転換者たちの呪詛の集積の故だと断じる者も未だに少なくない。

しかしながら、レブノ島で多くが発見された鎧そのものは紛れもなく単なる簡素な鎖帷子であり、さらに時代が下って、加法混色と減法混色の転換が起きてからというもの、多くの「正常な」フロウタール市民の中に於いても混濁した暗さと明るさを示す者が相次ぎ、他ならぬ色相の転換者そのものに対する「異常者」としての認定が弱まってきた今日では、ただ単にン・テラの部族による強制送還の事実を示す歴史的遺物としてイスのフィアの博物館にこの着用者の呪詛の抜け落ちた防具は展示されるばかりなのである。

オナブル・デス・ヘルム

第一回目のヴィジョン・クライシスの後、パルス・プラントのミゴウを拠点にして陣地戦を展開したズボニミア・ハロンは、ザン教の成立以前にフロウタールの領土内の人民に現代で云うところのネーションを喚起させた張本人として知られる。

それまでのフロウタールの領土内では、各国が時間神の神性の表現としての原罪を旗印にした強大な力を持った王によって治められているといった意識が国民の内に浸透していたにせよ、外部から押し付けられた文化や習俗へ抵抗する形としての、表象=再現前化としての民族意識は存在しなかった。

そして本来他の世界の帝国や文化圏に於いて「民族的な」結束を生み出すための必須条件とも云える外部からの圧倒的な軍事的脅威や隷属の経験は、ヴィジョン・クライシスの手前まで、即ちン・テラの部族の襲撃までフロウタールの歴史上は存在していなかったわけである。

ハロンはスレッド出身のクロア人だったが、彼のフロウタール全土に対して果たした領土の全面的回復という優れた功績とは別に、パルス・プラントに於いては両義的な評価で広く知られている。というのも、彼がミゴウを中心にして行った極端で苛烈な抵抗は、時に決死隊を募って砦を防衛させるという甚大な被害を伴うものであり、投降者に穏健な態度で臨むことで知られるテラの遊牧民に降伏することも考慮に入れていた王であるアンナ・オットーの近臣の者に嫌悪されてもいたからである。

飽食の原罪を表現すべき領邦に無理やり闘争の原罪を植え付けられた、として、フロウタールの領土回復の主戦場となったミゴウやスルーゲイズの貴族の末裔の者のうちには、未だにバルサラで唱えられた数百年前のハロンの覇に対して懐疑的な者も多い、そしてそう云った貴族の邸宅の広間に必ずと云っていいほど飾られているこの兜は、押しつけられた「名誉ある死」に抗えず死んでいった、身分を問わず募兵され、玉砕した彼らの先祖たちの偽りの栄誉の証なのである。

テラの羽帽子

この羽帽子を、妄りにフロウタールの人民の前で被ってはいけない。この羽帽子についてパルス・プラントの国民に説明を求めても、彼らは顔を顰め、嫌悪の情をみなぎらせたまま口を閉ざすだろう。

この帽子は、彼らの先祖が、その正確な騎射の腕前で以ってン・テラの遊牧民に頭を射抜かれた記録の何よりの証明なのである。原罪の体現を当是とし、何より生き長らえることを互いの生命の目的の追求として是認しあっているフロウタール領内の人間とは違って、ン・テラの部族は躊躇いなく人を殺した。まるで自身の体さえも危険に晒し、殺しの円環の中にまみれさせることが彼らにとっての最大の使命だとでも云うように。

ステル・リ・タニウ遺跡での謎の病の噴出と、彼らの部族同士の内紛により、今では南に辛うじて追いやられているテラの部族は、しかしながら、特にスレッドのレト地方以南の地域にはおびただしい数のこの羽帽子を、彼らの残虐さに曝された何よりの証明としてフロウタールの国民に対し記憶を呼び起こすように脱ぎ棄てて行ったのだった。彼らの習俗に詳しいフエやザラマンドの少数民族によれば、頭を的確に射抜いた自身の射撃に満足した時にのみ、大体十体に対し一つずつくらいの割合で、懐に忍ばせていた新しい帽子を被るため、彼らはこの「お古」を踏み荒らした戦場に置いていくのだと云う。

統一の証

この勲章は、第一紀の覇者であるズボニミア・ハロンが、イスのバルサラで、ン・テラの部族の最後の残党を駆逐して後、諸侯を集めて会盟の儀式を行い、パルス・プラントの牛耳を執って血を出席者全員で啜り合い誓約した際に、各地から持ち寄られた特産物を結合して、物理的にフロウタール全土の領土回復を祝し合った証である。

ハロンがファドルベルグでその波乱に満ちた生涯を終えるまで彼の胸元で燦然と輝いていたというこの勲章には、行方知れずのアーティファクトの必然の宿命として、様々な異説、伝説、奇妙な噂の類が添付され続けてきた。

その代表的なものが、スレッドの良質な鉄、ハングヘッドの銀を下地にし、エロイーズのファリエルの茎を乾燥させたものと、パルスプラントの牛の角の一部を削り取ったものを飾り付け、ディレリアのホワイトバークの木の幹を添え木にしたというこの勲章から、イスのマグノリアの花の花びらだけが、長期保存できるように押されていたのにかかわらず、こっそりと消失してしまったという説である。

他の国の「統一」されたことを表す象徴は勲章の中に認められるものの、確かにイスの象徴を示す痕跡のみが勲章の中には封ぜられていない。尤も、その「尤もらしさ」を、既になくなった勲章のいつか誰かの残した「写像」の中に求めるこの説の信ぴょう性は、一部の学者の間でステル・リ・タニウ遺跡でのアリウス・ハン以下ン・テラの配下の直属の軍隊を死亡させた謎の病の原因を解き明かす鍵を握っていると強弁されるまた異なる説と消失した勲章の行方とともに、全て誰からも知ることができない。

パルベサイツ・リブ

現在ではフロウタール全土に広く政治的影響を持つことで知られるパルベサイツ家は、初代当主であるリブ・パルベサイツによる両替商としての業績によってその名家としての礎を築いた。

彼女が巧妙だったのは、ヴィジョン・クライシス直後の各地の荘園主が困窮を極めていた時代に、各地に死骸とともに打ち捨てられていた古銭を貸し付けることで一時的にヴィジョンクライシス以前と同様に租税を取り立てようとする六王の末裔を名乗る者たちへの支払いをしのがせたのと同時に、時間神の神性による空間の時間化の表現に反する、として金融業の存在そのものに否定的だったイス、パルス・プラント、エロイーズの三カ国にも、ファーストネームであるリブ、即ちソーシア・ノウの肋骨によって、あたかも信仰上の正当性があるかのように解釈を受容させ、自身の生業を受け入れさせた点にあると云える。

彼女の言い分はこうであった、どうぞご自由に、わたしの貸し付けた金を使用して下さって構わない、利子は一切必要ない、そして、本来わたしたちの受け取るべきだった返済金は、すべてこの他でもないソーシアの肋骨によって、天上の時間神の神性の体現者であるペガサスの馬体にまで捧げられる。

そもそも、死体から金を抜き取っていた彼らが利子を受け取るべき権利など初めから有していないことは今となってみれば明白だが、比較的、ン・テラの集団の侵攻の影響を受けなかったハングヘッドの軍隊が一枚噛んでいるとも、ザン教の破門された騎士団の一部が創設したとも云われるパルベサイツの家系の金融業者としての端緒は、紛れもなくこのリブ、というファーストネームを冠せられたペテン師の所業によって導かれているのである。

その後、まだ貧しかったフロウタール荘園内の農奴の間には、無理やり自身の境遇から抜け出そうとして法外な利子として自身の体の一部や内臓を売り渡すなどとした被貸し付け者も続発したらしいが、すべてはソーシアの思し召しのままにれっきとした形で許容されていた。

パルベサイツ家がどのようにしてフロウタール各地の諸侯との関係を深化させ、構築していったかの経緯は別項に譲るが、ここでは次のことを指摘してこの香具師の興行道具の置き換えとも云える偽物の神器の説明の結びとする、つまり、リブというパルベサイツ家の初代当主の名は、パルペサイツ・リブという出所も真偽もはっきりとしない伝説的なアーティファクトともに、本当に肋骨をフロウタールの人民から巻き上げるような形で貸金業を発展させていった、パルベサイツ家の欺瞞そのものの定冠詞と同じなのである。

走馬灯の衣

ソーシア・ノウがエロイーズのマンションで捕縛され、イスとの国境沿いのトルーベンで処刑された後、ソーシアの弟子たちは、既に本部を移していたディレリアのユルトから、各地にソーシアの声の残響である空間神の神性の表現(時間の空間化)と時間神の神性の表現(空間時間化)を広めるため、散っていったのであるが、そのうちの一人のルイーノ・ゲッツェは、スレッドにザン教の分派である静謐派を成立させた張本人として知られている。

ちょうどその頃、膨大な数のン・テラの集団に殺戮されたまま野ざらしになっていたフロウタールの民の頭蓋骨のうちから、何故か初期ヴィジョンの段階まで退行し、最期に自身の見た像を眼底のくり抜かれた骨の内側で光らせ、昼夜問わず投射し続けている死後の変異体が、エロイーズのサウル山脈とシラ山脈の合間、エシュノーズの間道と呼ばれる領域から大量に見つかったのである。

その発見が、他ならぬルイーノ・ゲッツェに只ならぬ啓示を与え、彼にその生涯を終えるまでザン教の伝承する神話の大元である初期ヴィジョンの研究に身を捧げさせたのだと後の時代に彼に追随した弟子たちは証言している。以後、五覇の時代を経て現在に至るまで、ルイーノ以下数名で組織された静謐派は、そもそも唯一の考古学的な事例として残る時間性の解析の手掛かりである初期ヴィジョン、及び商業的ヴィジョンの投射の仕組みにのみ他のあらゆる原罪の体現を無視して傾倒していくことになるのだったが、初めにエシュノーズで退行したヴィジョンが発見されてから数十年後、遂にゲッツェは、現在では記憶・投射能力として知られる意図的な時間神の神性の表現の喪失による眼前に繰り広げられた最期の場面の永遠の記録を、まさに自身の死期を悟るようにして平行して獲得した。

今日では彼の偉業は、何らかの冒険者ギルドに所属し、自身の死に対する逆説的な保険料のようなものとして静謐派の修道士を連れ歩くことで得られる報酬を予め手にする者になら誰にでも知られていることだろう。ギルドの登録者たちは、彼ら自身の死因を、次にそれを乗り越える同業者の為にパーティーの一員の修道士の頭の中に残し、回収しに来た決死隊の一部にスニーク状態を保たせたまま持ち帰らせるのである。

その現在の利用法が静謐派の創設者のルイーノにとって正しいものだったかどうかは分からないが、一方でルイーノのまだ生きていた時代から既にザン教の正統を主張するアルセムの教皇庁からは静謐派自体既に異端視され、ソーシアの創出した声による次元性と六王の原罪にあらぬ異を唱える宗派として後に西方で生じるレフトフォール・チャーチとともに五覇のうちの一人であるイオニス・エイディンの時代に、各地の末節的な分派を六王の原罪を体現するのにふさわしいものかどうか審査するあの悪名高いセイレム公会議を経て、正式に純粋なアンビエンティストからは除外されている。

このように、時代の下るにつれ、厳しくなるどころか負の影響のみを訴追されることになる総体的な静謐派へのザン教の評価とは対照的に、当のゲッツェ自身は、死の間際まで直接のソーシアの弟子であった自身の信仰には、だが一欠けらの疑いも入り込ませていなかったようである。

というのも、既に時間化されたフロウタール人民のうちでおそらくは初めて独力で記憶・投射能力を再獲得した彼が最期に自身の目に映し出したものは、彼が一日も欠かさず身に着けていたという師であったソーシアの警句がびっしりと書き記された、ン・テラ語でフロウタール各地の平原の景色を切り取った馬上からの眺めの廻るような、彼自身の煌びやかな法衣だったからだ。

色相の血清

アリウス・ハンと配下の軍隊を駆逐し、病死という形で誰も予想しなかった決着をン・テラの部族の侵攻に対して果たした不可抗力としての謎の流行病は、しかしながら、当然の帰結としてフロウタール住民にも多大な感染者を産み出し、不条理な突然の死を惜しみ無く公平に与えた。それが真っ先に噴出したのは、ハングヘッド・アイランドの傍のレブノ島だった。

当時、「異常者」としてン・テラの部族に認定され一か所に集められていた色相の転換者たちは、そのヴィジョン・クライシス及び遊牧民の侵攻との歴史上の進行の平行性から、テラの部族からの解放以後も、半ば罪人のような存在としてハングヘッド・アイランドで使役されていたわけであるが、その蔑視と、数か月のタイムラグを通して再び蔓延したフロウタール人民に対する感染症への恐怖と忌避の念は、ある意味で初めから結びつけられるべき要因として運命づけられて両者同時に現れてしまった、と云えると思う。

そこでザン教の使徒を含む新たなフロウタールの指導者や支配者たちが取った行動とは、行きすぎた誤解や迷信を諌める代わりに、進んで彼らの身体に見られる異常な特徴を利用し、たとえ一時的に民衆の動揺を鎮めるためにでも率先して指導するということだった。

不幸にもそのようにして政治的に利用された色相の転換者たちは、今でも一部の被害者団体によって国際的な訴訟を起こされ続けているある実践を施される。それは、不思議なことに周りの一般的なフロウタール人民がバタバタと死ぬ中で一人の死者も出さなかった色相の転換者の血液を探るために専門的な医師によって施された監禁であり、その事実が流布される中で積極的に育てられていった、彼らの血を啜ることで得られる抗体への渇望、及びそうして新たに生み出された狂信者による度重なる色相の転換者自身への襲撃である。

事実として、幾人もの無害な転換者の死骸が、彼らの血を得ることを目的とした疾病者によって日々生み出され、公式の発表をしたザン教の支部そのものが、後に行きすぎた殺戮を戒めるため新たな声明を発表せざるを得ないようなありさまだったと『死者の図書館』に残された転換者の生き残りの手記は語っている。

司祭たちが血から抗体を得るにはすでに絶滅してしまったアンソニー・マラットの時代の巨人族に遠心化処理をしてもらわないといけないと付け加えるのが無意味なほど、無様にもおびただしい数の転換者たちが殺され、血の海の海水をそれぞれの狂信者たちが啜ることになったわけだが、効果は見るからに一向に現れなかった。所詮は迷信だったのだ。

いや、そうではなくて、抗体を得るには、流れる血の上澄みの色に皮膚が染め上げられた部分、つまりはスレッドの原罪を示す部位とエロイーズの原罪を示す部位のちょうど中間、人によって部位の違うそこをこそ切り取らなければならない、などと様々な異論は構成され続け、その度に転換者は殺された。けれども、その結果が唯一物語るのは、レブノ島でまきおこりハングヘッド・アイランドの住民の七割から八割が死んだ病の無作為な殺戮から逃れるためには、血を飲んでも効果など無く、初めから色相の転換者として生まれついていなければならないという単純で単一の事実のみだった。

スピルズの長剣

現在ではフロウタール各地の酒場で多少の白眼視を向けられるにせよ、ちょっとした変わり者、よくある情交の類が、皮膚にそのまま露呈してしまうのに過ぎない、放蕩者の一種として広く受け入れられるに至っている色相の転換者たちのイメージは、一方で、ヴィジョン・クライシス直後の時代の非常な虐殺の記憶と切り離せないことはザン教の良心的な司祭たちの偽善的な悔恨の念の告白を通さずとも、他ならぬ、転換者自体の皮膚のうちにこそ深く刻みこまれているのを彼ら自身がよく知っている。

レブノ島発祥の謎の病を一切被らずに生き延びたという彼らの特異的な体の性質は、他方、現在原因不明の不妊症に悩まされ続ける婦女子を数多く抱える虚無の白い海に内接した大陸の住人からも注目を集めるように、初めから性交の跡を皮膚の上にしか残せないという宿命を背負っているのは周知の通りである。

本当にお前が孕まないか試してみようか、などと嘯いて転換者の女に近づこうとする「正常な」男は、すぐさま彼女の獲得し、受け継いできた記憶としての幾つかのスキルに、腕をねじ伏せられ、その場に押し倒されて許しを乞うのが落ちであろう。

ところで、この今の我々が良く知っている色相の転換者の特徴(真に心を許し合った者同士の性交の際に互いの才能が互いに伝播する)には、或る一つの、彼ら自身が模範とする共通の偶像がある。それは、彼らにとって最も危機の意識の明滅していた時代、即ち前述のヴィジョン・クライシスの直後、彼らの血を奪おうとして刃物を持って襲ってきた人間に対し、返り血を浴びせ、彼ら自身の返り血で彼らの自発的な罪を贖おうとした突出した能力を持つ、ザン教の信仰にとっては忌わしき超人であった。

スピルズ・カサブランカというその男は、性別の判然としない名の響きと同様に、どちらがどちらを吸ったのか(あるいは溢したのか)もよく分からないこの剣を自身の存在の証明として残した。

実際に彼の獲得した、もしくは彼(または彼女)が性交した相手から受け継いだ能力を持つ遺伝上の後継者が、転換者の色狂いの性質から素直に判断すれば今もこの世界のどこかに居るはずだし、そちらの声の響きや肌の色合いの方がスピルズ、という両義的な名前を持つこの剣などよりもはるかにその男の実質的な物腰や態度を見定め、確定するのには都合がよいだろうが、問題はむしろ別の位相に移っている。

というのも、色相の転換者たちにはこの剣の両義性こそが、性交をする際にも仮に性交を終えた後の閨で彼らの暗い歴史を物語る際にも、境界を確定不能で、一つに溶け合うような感覚の方こそが重要だ、と口を揃えて証言しているからである。

即ち、繰り返しになるが、このスピルズという男の名を冠せられたと同時にスピルズという単語の示す両義性を込められた剣の名前は、歴史そのものの示す様々な男たちや女たちとの葛藤の産物であり、そして、我々には理解しえない、疑念や殺戮の浸みこんだ性交の凡そありうべき理想を示す、彼ら(及び彼女たち)にとっての色相の転換の象徴と云える存在である。

当然のことながら、転換者以外の「正常な」肌を持つ人間には扱えないし、安全が保障されるなら密輸業者に売り渡す以外に、所持しておく価値があるかどうかも疑問だろう。

ヴォイヤーマン・スーサイド・スタッフ

ズボニミア・ハロンの死後、第二番目の覇を唱え、フロウタールにとっての黄金時代を築いたとも云えるディレリアのユイザ・カヴァラは、各地に商用のヴィジョンの投影場を造り、軍事的には逆説的な兵站の理論とも云える補給の奇襲に恰好の地点同士を結びつけた地図作製者としての功績で知られているが、その末路はメダラの森の魔女の呪詛によって閉ざされるという悲惨な死で終わっている。

その経緯というのが非常に示唆的なもので、そもそも、彼は自身の所蔵するマシス・カヴァラの時代から受け継がれてきたとされる幾つかの初期の商用に撮られたヴィジョンを、世界各地で上映させるために、それこそ軍事的な戦略を練り、その最善の導き手として、今度は返ってヴィジョン投影の為の劇場を各地につくらせるという地形と交通把握の方法を見出したわけだが、原点に立ち返れば、ユイザにとってはヴィジョンに投影された記録の「内容」こそが全てであった。

それは一方で、表現者がその目に像を捕らえる際の、形式への配慮と矛盾しはしない。つまり彼は、古くから伝わるヴィジョンを各地に配給しようと試みたばかりではなく、全く新しいヴィジョンを作成しようとも試みたのである。

幸いなことに、パルカンテの島嶼部にはかつて引き立てられて行ったヴィジョンの子供たちの、新たに商用のヴィジョンとして捧げられるため生き延びさせられていた残党がまだ時間認識を持たぬままディレリアの警備隊によって隠され、定期的に数人ずつアルセムに向かって派遣されていたから、死の間際に、一瞬だけ自分の目に映ったものを頭蓋骨の内に留め、以後何百年、何千年にも渡って投影し続けるという初期ヴィジョンの「数分」を、引きのばしたり場面の切り替わるタイミングをコントロールすることは比較的容易であった。

一部の記録によれば、中にはそうして幾度もの実験の成果としてある程度時間認識に目覚めてしまった者なども現れたらしく、その時間認識を持たぬ初期ヴィジョンたちへの「人道的な」観点からの批判はユイザは免れがたいだろうが、それにしても遠く神話の時代のものとされるマシスの在位期間のみではなくユイザの治世のうちにも、商用のヴィジョンの新作が製作されたことはほぼ間違いの無い事実なのである。

その幾つかの全てに触れるのはここでは差し控えるが、マシス時代の「イス・ディレリア攻防戦」に見られるような大作はこの時期の投射には含まれず、そのほとんどが現代の我々の世界で云えばそれこそ個人的な記録映像作家や実験映画化が撮ったような小品ばかりである。だからこそスレッドのベルゼンやバルシアンを中心にフロウタール各地にいるスタニストの集団などからは熱狂的な評価を受けていたりもするわけだが、問題はそのユイザ本人が呪い殺されることとなった門外不出の映像の内容である。

彼は、マシスの時代から引き継がれていた撮影の技術、とりわけ如何にして初期ヴィジョンの者の嗜好を満足させたうえで自身の求める像を記録に残すかという術に精通していたといわれているが、マシスに於いても、ユイザに於いても、その共同での撮影方法が最もよく生かされたのは、現在の我々の世界で云うポルノを作製した時であった。

マシスは、キリコというメイドの厠の上に股を開き膝を十分に屈曲させて屈みこんだ姿を映した頭蓋骨を家宝とした。同様にユイザも、他の商用のヴィジョンの投影場にではなく自身にのみ許された享楽の原罪の最大の表現として、お気に入りの召使いが用を足す姿を永遠に記憶に留めたいと切望したのである。

ただここで、ユイザが後進する者として撮影に加えた一ひねりがあって、それは享楽の原罪がエロイーズの華美と結び付いた時に生じた賜物で、マゾヒズムの観点を導入し、見られずに一方的に見る、というディレリアの原罪の特性に、さらに敢えてその見られずに見ようと意図したまなざしを、見ようとした対象本人の軽蔑のまなざしで見返させることによって快を倍加させようという複雑な試みであった。

そのためにユイザは、王という立場に君臨する者としては信じがたいあらゆる手段を尽くす。真っ先に彼がしたこととは、リナという彼一番のお気に入りの給仕に自身を軽蔑させることであった。というより、そのような投射の為に人生を捧げようとする王であったから、初めから彼自身軽蔑の対象であったのかもしれない。まあ、そこの順序はある意味でどうでもよくて、とにかく一人の男としてはユイザはその給仕から愛し返してはもらえなかったということである。

その上で、ここが倒錯している部分なのだが、ユイザはパルカンテから送られてきた或る時間認識を持たない初期ヴィジョンの青年を使って、アルセムの王宮から、草原に草花を採集しに出かけさせたリナという給仕の後を、こっそりと何も知らせぬまま執拗に追跡させ、或る時は大胆に姿を現し、或る時は追跡を振り切らせたと勘違いするくらいにまで距離を取らせ、ユイザ同様、リナに愛し返してはもらえぬ醜面のその青年に、警戒はさせるけれども断罪はされるまでに至らないつきまとい方を、延々と繰り返させたのである。

これにはすっかりリナも参ってしまったようで、エスクケイルの図書館に残る彼女の日記の中で、当時のことを忌々しげに、返って書くことすらはばかられるほどに存在自体を消去してしまいたいという嫌悪感を、赤裸々に綴っている。(また、このような文章中の描写すらも、現在に残ると云われるユイザの門外不出の動画の中の女をいつか観察する際の肥やしにしようと心に留めておくところが、真に、あのスタニストたちの忌々しい特色ではあるが)、まずはこの試みの結末である。

ユイザの目的は、ただ女の像を盗み取るばかりではなく、女が、こそこそと盗み見る自身に向けられたまなざしへ向ける軽蔑のまなざしを、同時に記録させることであった。それは、ユイザ自身が記録・投射能力の持ち主ではないこととも関係して、ある二重性を後の火葬された観察者にもたらすことになる。ヴィジョンの鑑賞者は、まず単一的に像に向き合わさせられる代わり、常に観賞者の為に像を提供した者、即ち像の記録者としてのストーカーの存在を、望むべき像との位置取りに於いて強く意識させられることになる。次に、その像の記録を依頼したユイザ自身は、観賞者と同様の側に寄り添っていて、女から与えられる軽蔑を、同じ大地の上には立たず、平面の上での行動をヴィジョンとして視界の中に捉えられる、とい事実への軽蔑を、待ち続けているということになる。その度に目が合い、その度に怒りを含んだ眉目とともに再び目が逸らされる。ユイザは、その視線の往還をこそ、記録に留めるように彼の記録投射能力を発揮させるための死をちらつかせて生命を繋ぎとめ、初期ヴィジョンの青年に異常な緊迫とともに命じ続けていたのだった。

その緊張はまさに「死にたい」、と性的な興奮を抑えきれず呟いた男どもの言葉を具現化したそのままの姿であると一部のその門外不出の投射を見たことがあると豪語する狂信的なスタニストの間では伝えられている。実際に彼らがその像を目の当たりにしたのかは推測によるほかないが、ザン教の司祭たちはメダラの森の魔女の呪いによるユイザの死を経験して以降、商用のヴィジョンのうちでも盗撮に当たるもの、刺的な内容を含む者の投影を禁じてしまったから、返って一部の神がかり的なポルノの投射のための頭蓋骨が、どこかに流出していたとしても不思議ではない。

ともかく、常に遅延されていくこの話の結論に話を戻すと、ユイザを呪い殺した処女とは、当然のことながらリナその人である。リナは記録された投射の最後に、マシスの時代のキリコと同じく、厠に跨って小便をする姿を目の当たりにされてしまったのである。こっそりと忍び込んだ初期ヴィジョンの青年に目撃されるとは、即ち以後数百年に渡って自身の小便をする姿を凌辱するように再生、投射される可能性があるということである。股を広げたままのリナの貌は、軽蔑を通り越して驚愕と怯えに彩られ、小便を垂れ流す内股は細かく震えていた。その数日後に彼女は自殺してしまったのである。

この時のユイザが味わった興奮は、商用のヴィジョン投影の信奉に命を掛けるスタニストでなくとも容易に想像が着くだろう。実際に彼は、三日三晩、一日に三回ずつ、そしてそれを十セット、つまり三十日間にわたって九十回の写生を繰り返し、そのまま自身に取りついた詩に彩られるようにして命を失ったという。ということであれば、そもそもユイザが落命したのは呪いによってでも何でもなく、ただ彼の彼自身が望んだ最高傑作のポルノとしてのヴィジョンに出会ってしまったからだということになる。

この記録・投射映像が残された時点で、当然初期ヴィジョンの青年はその投射の為にこそ命を失っているわけだし、世の男どものどうしようもなさに絶望して死んだリナも含めて、合計で三人がこのユイザの馬鹿らしい試みによって一時に死んだわけだ。ザン教の司祭たちはこの三人の死、そのものをメダラの森の魔女に呪いだとしているが、そうすると魔女はリナとは別の人物だということになる。ただ、そこら辺りの詳細は実はザン教にとってはどうでもよいらしく、彼らはむしろユイザによる行きすぎた商用のヴィジョンによる実験自体が、ザン教の謡う六牟星の原罪の表現に悪影響を及ぼすと警告している。彼らの言い分とは、「……事物や人物の「可動性」では無く、あらゆる偶然性の検証の内から、今目の前に在る「事物」を(ここでは女の体のこと)、他の関係性から生じた事態から除外し、必然として理解し、あたかも神でも崇めるかのように拝跪する態度は、空間の時間化、及び時間の空間化という二つの等辺三角形の規定を循環させ、時間性と空間性を捉え直していくとい我々の世界の侵攻に対して、息を呑み、時間を止める(止めたように感じさせる)試みとして、非常に危険、且つ背徳的なものである」(『振動書』、第二部第六章五十三節)。

そこで、スタッフというアイテムが、この項はこのヴォイヤーマン・スーサイド・スタッフという杖の解説であるはずなので、何故登場するのかと云うと、その盗撮という行為に警鐘を鳴らすザン教の司祭たちによれば、その止めたはずだと信じ込んでいた死にたくなるような快楽の為に息を呑んでいた「時間」が、一息に、再び本来空間の時間化と時間の空間化という空間神と時間神のせめぎ合いによって構成されている本来の均衡を取り戻し、彼らに時間を認識するフロウタール住人としての死を与えるように急激に流れ込んでいくのが、ユイザの呪いの原因であり、この杖は、そう云ったよこしまな、凡そ正常な享楽の原罪の表現とはかけ離れた実践を回避するために、敢えて物々しい、それ自体が呪いの具物であるかのような名を付せられて、ディレリアのアルセムの元はユイザの居城だった場所に祀られたものであるらしい。

しかしながら、キニーロス山のマシスの廟に集まる熱心なマシス・ユイザ信仰の信者ではなくとも、未だに各地に商用のヴィジョンの投射場を作ったユイザへの民衆からの人気は根強く、「窃視症」に対する強烈な嫌悪を示す一部のザン教の司祭の他からは、むしろこの杖こそが享楽の本分を追求しようとしたユイザを呪い殺した魔女の呪物であると非難されている。

このにわかには真偽を決し難い言い争いにここで決着を付けることは勿論望むべくもないが、少なくとも一つだけ確かなのは、享楽の原罪の下に囲われたエスクケイルというザン教の総本山が、徐々にディレリアの庇護の下から乖離して行ったという歴史的事実そのものである。そこには諸国に跨って商売を取り行っていたパルペサイツ家の影が或る。そして、この話に纏わらせてもう一つだけ云うと、ヴォイヤーマン・スーサイド・スタッフというこのアルセムに祀られているという一本の杖の名は、むしろ東ピーピング・ロードでエロイーズからの旅行者の姿を垣間見ようとする享楽の原罪の体現者からしてみると、できるだけ間近で、且つ安全に、時には下着を取りかえることすらある貴婦人たちの旅行姿を一目でも見ようと身を隠す、まさにディレリアの民の姿そのものの先人たちを、容赦なく撃ち殺し、聖職者とは思えぬ膂力で以って打ち据えたという六牟星の「純粋主義者」ドレッド・サンド師の所持していた、先端に棘の付いたメイスのような業もののことであるという、漸く最後になって尤もらしい結論を得そうな、杖の由来の二重性そのものに付せられた名であるという事実に注意しておかなければならないということだ。

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