水嫌いのカウンターサッカー信奉者「ホルスト・バース」

Mimesis of Frautal

VR1102年生まれ 男性

スレッド出身の軍人として知られるホルスト・バースは、VR1145年頃からディレリアに派遣され、歩兵士官学校の教官として教鞭を振るっている。

その指導の内容は、ジャスラン・アブラマノフ以来の兵站重視の戦術の実行のための日常訓のようなものばかりであり、特にディレリアの若い歩兵志願者からは疎ましがられているという(彼らはスレッド伝統の爆雷戦術、の方の具体的な実践を欲していた)。

しかしながら、彼が軍人である前にサッカー選手だった時代(VR1120~1129年頃)を知る者たちは、彼が軍人以外の受講者を許可していることもあって、熱心に士官学校内の彼の教室に通いつめてもいた。シャルマーフ・ユナイテッドでの、彼を含む11人の選手の示す極端に早いカウンターサッカーは、国の内外を問わず、軍人か非軍人か、も問わず、明らかな羨望の的だったわけである。

上述のことからも類推されるように、アルセムの王宮でディレリア王に謁見した際には、ホルストはイヴェニス平原やキザンを重視した対イス戦の想定よりも、早めにモスからジトの間道に至る道路を整備するべきだと訴えていた、と伝えられている。(これは、ミラジ教徒側からテネスを経てフィアに至る、イス側の補給網を切断しようとしていた為だろう、とその時にディレリア側への諜報活動を行っていたイスの密偵が叙述している)。

その後、実際にモスとテネスの間にいくつもの道の駅ができたことは、周知のとおりである。

他方で、ホルストは極端な水嫌いとしても知られていた。これは彼が、VR1130年のバルシアンの水害のとき、トリイズ川の氾濫によって息子を亡くしたこととも関係していると思われる。ブッカイト号、という帆船をスレッドの軍部はホルストにディレリア側との往復のために用意したのだが、彼は乗船を頑なに拒否し、徒歩で二週間掛けてアルセムへ向かうことを上官に告げていたのだと云う。

一日の行動の優先順位

1 エスクケイルの歩兵を指導する

2 昼休みにサッカーを嗜む

3 道路整備についてディレリアの官僚と話し合う

4 スレッド本国に近況を報告する

5 嫌いな水に砂糖を混ぜて飲む

6 亡くなった息子を思う

SPECIAL
6573792
闘争華美飽食享楽不寛勤勉渇望
3111
空間時間
42
保持スキル神速教練補給

コメント