隙間に挟まった美術評論家「ソル・アクトゥラン」

Mimesis of Frautal

VR1108年生まれ 男性

ソル・アクトゥランは、西方のミラジ教徒の圏域からイスにやってきた美術評論家である(後にザン教に帰依)。

「サイト・スペシフィック」の観点から、フィアからティミショア、アフォルムを経てヘルクラウドに至るディストリレート・プラトーの構造を高く評価していた。彼によれば、プラトーの最大の特色は、区画化された地域同士が厳密に切り離されているわけではなく、むしろ様々な「中間圏域」を織り成し、その隙間、において、多様な習俗や生活様式を持つ共同体が存在することであるという。

シュブニール湖における突堤建設の試みは、彼がまだミラジ教徒と良好な関係を築いていた時の代表的な仕事だが、その仕事を境に、プラトーのより厳密な区分けを望むアフォルムの商人階級との関係がこじれてしまったようで、平年並みの水位のときには必ずその突堤自体が沈んでしまう湖沿いの足場には、様々な噂がまとわりついている。

その代表的なものが、夏に行われるシュブニール湖での祭りの時、遠く、ディレリアとの友好・親善のために送られてくるイローパンの「声優」たちの一人を、仮面を付けさせたままの舞踊の演目の披露の後に、一年に一人ずつ、水位のからくりを利用して、突堤の最奥の小屋に閉じ込め、ディレリアからの享楽の原罪がイスの側に必要以上に雪崩れ込んでこぬよう、「犠牲」として湖に捧げている、というものである。

ただ、この噂はある種の都市伝説のようなもので、ミラジ教徒の侵攻を受けてからのイス帝国の凋落を目の当たりにした「不寛容」の原罪の信奉者が、自国のメンツを保つために流したに過ぎない、とするのが、帝国内の一般市民からの大方の理解である。

他方で、この突堤そのものを作り上げた張本人としてのアクトゥラン自身は、本来の「隙間」を多様に含むプラトーの在り方から乖離していくイス帝国の姿をオリジンの帝国民以上に嘆いているらしく、近年ではその「隙間」に残存している石や土砂、雑草などの収集に精を出し、各地で啓蒙のための展覧会を催しながら、来たるべき革命のときに備えているという。

一日の行動の優先順位

1 イスの革命について考える

2 隙間に挟まってみる

3 プラトー各地の現状を見て回る

4 土に関する美術評論を書く

5 展覧会の準備をする

6 イスの若手の美術家と語らう

SPECIAL
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闘争華美飽食享楽不寛勤勉渇望
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空間時間
15
保持スキル地学批評扇動

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