無知ウイルスの研究者「トラン・クワイエット」

Mimesis of Frautal

VR1099年生まれ 男性

トラン・クワイエットは、スルーゲイズにある理科大学を卒業した後、シジルイッツァ博物館に就職し、パルスプラントの奇病とともに古代から蔓延すると言われる無知ウイルスについて研究している。

まず初めに述べておくと、VR1150年現在のフロウタールに於いて、ウイルスというものの科学的な組成が明らかとなって知られているわけではない。むしろ、その毒性が概念化されて、ウイルスという言葉によって把握される、という程度の認識である。

そこで無知ウイルス、とは何なのかと言うと、これは単独で発生し、拡散するものではなく、常に他のウイルスを病原体とする流行病とともに、特にパルスプラントではパルスプラントという国名の元となった植物や人間の体内から発生する奇音とともに拡散することが報告されている。

上記の2つのこと(フロウタールにおけるウイルスの広義性と、無知ウイルスの他病原体への付随性)を踏まえると、無知ウイルスという言葉で示される現象にウイルスという概念を当てはめるのが適切かどうかは分からない。

しかしながら、過去に経験されたパルスプラントでの奇病の蔓延から数千年も研究されているこの「ウイルス」は、被験者への経過観察と体調記録が確かならば、まさにウイルス的としか呼べない唯一の症状を顕在化させる。

まず第一に、(これは無知ウイルスそのものの挙動とは区別されるべきだが)、パルスプラントの奇病の場合、パチパチと、まさに体の内部になにか別の物質が入り込んでいることを如実に示す奇音が体内から静かに聞こえてくる、という特徴がある。

この奇音そのものが、寄生された細胞から脳へ新たな症状としての「無知ウイルス」を発現させるきっかけとなる。通常、ウイルスが細胞表面に吸着し、内部に侵入し、脱殻を経て放出されるまでの経緯は、宿主には全て秘匿されて然るべきであろう。だが、パルスプラントの伝染病の場合は、体内から発生する奇音を常に異物の存在と活動の核心として保持することで、宿主は常に病原体によって体を蝕まれる事態を意識させられることとなる。

「無知ウイルス」と呼ばれる、こうした第一義にウイルス的な複製の後に現れる人体への影響は、恒常的に与えられ続ける奇音による不安に基づき、脳内に生成される。

対数的に、ウイルスが本来そうする単数的な複製の仕方ではなく、無知ウイルスは人と人との間に発現し、増殖する。ぱちぱちと、周期性の似通った互いの体のうちに聞こえる音への不安から、パルスプラントの奇音に見舞われた人間の多くは、症状が進行するに連れ(音の周期が早くなるに連れ)、正常な思考や慣習に基づいた生活が送れなくなってしまうのである。

その結果、不規則になった生活と不摂生が、外界に対する「完全な無関心」を伴って病気の進行をさらに加速させる。こうした過程を経て、古来から、パルスプラントの奇病を発症した人間は、末期になるとお互いの顔を見合わせながら急速に生きる気力をなくして死んでいってしまうのだという。

だから、初めに述べたことの繰り返しになるが、本来無知ウイルスとは、やはりウイルスと言うより社会的な病理症状のようなものなのだ、と言える。

ただ、ぱちぱちと、体内から奇音の発生する罹患者以外の者からすれば一見ユーモラスにすら映る初期のパルス音の進行よりも、死の間際の、急速に生への関心の薄れていく末期の方が如実に細胞変性効果の外化的状況を観察できることから、その、同種の病に冒された人間の間で複製され増殖していく症状を抜き出して、「無知ウイルス」と呼んでいるわけだ。

トラン・クワイエットは、上記のようなことをスルーゲイズ理科大学で学んだ。何故彼がこのウイルスについて熱心に学んだかと言うと、それは彼の両親がともにパルスプラントの奇病と無知ウイルスによって死んだからだった。

パルス音も無知ウイルスも空気感染するようなものではないから、たまたまライムインの親戚のところへ農業を手伝いにでかけていた彼の父と母との面会は、ライムイン一帯がヌーメナル実験場として閉鎖された後も許されてはいた。

しかし、トラン・クワイエットが大学に通いながら目にしたものは、まさに古来から「無知ウイルス」への感染として知られるような、徐々に溌剌とした外界への知識欲と意欲を失っていき、ただ馴れ合って生きることに同調して死んでいった、急激に先細りになる父と母の生命の有り様だった。

パルス・プラントの奇病に偶然侵されずに済んだトラン・クワイエットは、(余りに簡潔に提示したようではあるが)上に述べたような形で父と母の最期を看取り、そうした経験をしたからこそ、以前にも増して無知ウイルスとパルスプラントの奇音について懸命に研究するようになった。

シジルイッツァ博物館、はそのための勉強にはうってつけの場所で、紀元前の発生とされる第一回目の奇音による流行病から、第二回目、実質的に第三回目の現在に至るまでのパルス音に関する記録が、ミゴウにあるミノタウロス王宮の承認を経る形で、全て残されている。そこの職員としてトランは、日夜研究を続けている、というわけだ。

こう書くと、トラン・クワイエットが「現在も」スルーゲイズ以南に滞在している、と思われてしまうのかも知れないのだが(重要なことを最後に付け足す点をお許し願いたい)、実際には、彼と彼の仲間数名は、博物館の中に勤務してはいない。というのも、他項をお読みいただいた読者にはお分かりのように、VR1134年、ライムインでの継続的な被験者の観察を阻害するようなある出来事、が起きてしまったからである。

パッキー・イアフレートと彼の友人たちによるスルーゲイズからの脱走は、ヌーメナル実験場でのパルスプラントの調査に深刻な影響を与えた。と同時に、「故郷」を離れたパッキーとその仲間たちは、第三回目の奇音の疾病の発生者が、外部に逃れた時にどのような経過をたどるかの実証を伴う現在進行系の「被験者」でもあった。

アルラーフからレイジックを経てア・ハに至る数十名のそうした実験体のたどる道筋は(別項との重複になるので)ここでは繰り返さないが、脱走者調査班のリーダーとしてのトラン・クワイエットにとって、脱走の首謀者であるパッキーの行き先は最も重要だった。なぜなら彼は、奇病の発祥者としては珍しく、フロウタール中を旅しながら50年以上も生き続けているからである。

「無知ウイルス」によって、精神がしぼむように死んでいく両親を看取ったトランには、「レディエーション・レディオ」という放送局を運営しつつ、活力を維持して奇病を患っているパッキーの存在は信じ難いものだった。もし彼の生命の有り様が噂通りだとすれば、それは彼自身が奇病に伴う「無知ウイルス」の治療法を見つけた、ということになる。

そう類推して以降、既に十数年以上もトランはパッキーの行方を追っているのだが、依然として彼の足取りはつかめない。「彼」の所在を掴むのに最も手っ取り早い方法は、同じ波長を発するように汚染されたトウモロコシを食べることなのだが……。

一日の行動の優先順位

1 各地の村にパッキーの噂を聞いて回る

2 パッキーを追跡する

3 各地の微生物サンプルを採る

4 部下に指示を出す

5 ミゴウへの報告書を書く

6 両親の死を想う

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